あるシニアのメール
『お久しぶりです』
お忙しいのではと思い、しばらくメールを控えさせていただいていました。その後、お写真を奥さまはご覧になりましたでしょうか? お喜びになったでしょうね。後はお式を迎えられるといいですね。
『妻は……』
ひと月前に旅立ちました。あの後すぐに緊急入院してもう家に戻ることはありませんでした。結婚写真も間に合いませんでした。喪中ということで式は一年後になりますが、きっと空の上から祝福してくれると思います。
『お力落としですね』
こういう時はどんな言葉も役には立たないでしょう。ただ日にち薬に頼るしかありません。私もしばらくお休みした方がよろしいでしょうか?
『お心づかいありがとうございます』
葬儀等すべて終わり、空虚な時を過ごしています。所用に追われていた時は悲しんでいる暇もありませんでしたが、こうして仏壇の前で妻の遺影と向かい合っていると、そのまま自分も仏壇の中へ吸い込まれていくようでおかしくなりそうです。
ぜひ話し相手になってください。
『まだ早すぎます』
どうぞ、仏壇の中へなどとお考えなさいませんように。一周忌、三回忌と奥さまのご供養も残っています。お嬢さんたちとともにご供養して差し上げなくてはなりません。
それ以前に一年後には慶事が控えているではありませんか。近いうちにお孫さんだって誕生するでしょう。遺影の奥さまとともにお嬢さんの行く末を見守ってあげて下さい。
『そうですね』
おっしゃる通りです。まだまだやるべきことがたくさんありました。メガネさんもご主人を亡くされているのですから、この悲しみを乗り越えてこられたのですよね。私もがんばらなければ。同じ苦しみを経験された方からの励ましは心に響きます。
『あの日が近づいてきました』
私の主人が事故で亡くなったことはお話ししたと思います。事故といっても水難事故でした。友人と釣りに行って、たまたま溺れた子どもを見つけ、助けに行き溺死しました。そのお子さんは助かりましたが助けたのは他の方でした。主人の死は無駄だったのでしょうか。ずっとそのことを問い続けました。
きっと主人はあの子が無事だったのだからいいじゃないか、と言っていると思います。子ども好きな人でしたから。ではひとり残された私はどうなるのでしょう? 私たち夫婦には子どもはいません。子ども好きな主人は、親戚の子や近所の子をつかまえては可愛がっていました。だから子どもが溺れているのを見つけた時、放ってはおけなかったのだと思います。神様はなんてひどい仕打ちをされるのだろうと思いました。
心の中ではもがき苦しみながらも、外では平静を装い何とか生きてきました。事情を知っている親族や友人たちは気を使ってその話はしません。ですからこんな胸の内を打ち明けたのはトンボさんが初めてです。時がたったということもあると思いますが、誰かに聞いてもらってスッキリしました。人はただ前を見て歩いていくしかないのですね。
『言葉が見つかりません』
妻を亡くして間もないというのに不謹慎かもしれませんが、あなたを思いっきり抱きしめてあげたいと思いました。もちろんあなたのご主人になり代わってです。そして好きなだけ泣かせてあげたい。愛する人を亡くした者同士、これからも支え合い、励まし合っていきましょう。
『少しはお元気に?』
人は他人を心配すると、ひと時自分の不幸を忘れるものです。それに辛いのは自分だけではないと思うと少しは納得できますし。
昨日かわいいお客さんが来ました。小学五年の男の子です。主人の命日に毎年顔を見せてくれます。もうおわかりですよね。主人が命をかけて助けようとした子どもさんです。すっかり大きくなって今少年野球チームでピッチャーをやっているそうです。この子の成長を主人ともども楽しみに見させてもらおうと思います。
短命が主人の運命だとしたら、最後に自らの命をもってこの子を手に入れたのかもしれませんから。あくまでもよそ様のお子さんですが。