Stare ~Prologue Remake~
その方向へと顔を向けると、一人の背の高い男性が私達の元へと歩み寄ってくるのが見えた。彼は皺ひとつないスーツを着ていて、髪は短く、どこか精悍な顔をしていた。
眼鏡を掛けており、目元がどこか先輩に似ていた。私はその人を一目見て、先輩の好きそうなタイプだな、と思った。とても誠実で礼儀正しそうな雰囲気があって、優しそうな目つきをしていたからだ。
先輩はぱっと晴れやかな表情を浮かべて、彼の方へと振り返った。そして芳樹、とつぶやく。二人は寄り添うようにして並ぶと、私へと軽く頭を下げてきた。
「南ちゃん。夢が叶って良かったわね。ずっとずっと応援してるわ」
そう言って先輩はその男性と一緒に歩き出そうとしたけれど、そこで私はようやく体の震えが取れ、にっこりと微笑んで、「先輩」と声をかけた。
先輩が振り向き、悪戯っぽい目を向けて首を傾げてみせる。私は二人の顔を交互に見つめながら、うなずいて言った。
「先輩だって、夢が叶ったみたいじゃないですか」
私がそう言うと、先輩は顔を朱に染めて視線を彷徨わせたけれど、一つうなずいて「そうね」と零した。
そこで会話は途切れ、今度こそ先輩は振り返らず未練など感じることなく、幸せそうに彼と店を出て行った。私は彼らを見送ると、くすくすと笑ってしまうのを堪えられなかった。
そこでようやく私の中に、これが書きたいという欲求が大きな波のように押し寄せてくるのがわかった。私が具体的にこうしようと考えなくても、独りでにシャーペンを握った手が動きだして、文字を綴っていく。
私が何を書きたいのか、はっきりと理解できた気がした。先輩のあの言葉が、彼女の柔らかな温もりが、私に物語を書く力を与えてくれたのだ。
周囲の景色が掻き消えていき、私は自分だけの空想の世界で、大きな海を泳ぎ出した。それはどこか困難な作業なようで、しかしとても軽快で楽しく、いつまでも両手を振って旅をしていきたいと思えるほどだった。
私はそうして何時間もその喫茶店でシャーペンを走らせ、その心地良い火照りを感じて、いつまでも物語を考え続けた。
了
作品名:Stare ~Prologue Remake~ 作家名:御手紙 葉