落ちたよ?
放課後の教室で、下校準備が整った美卯さんが声を掛けます。
何かをしていた初音さんは、作業を中断して 机の上の物を鞄に入れ始めました。
「…ん、落ちたよ?」
側まで来ていた美卯さんが、しゃがみ込みます。
落し物は、如何にも手作りの、回数券の様な紙でした。
手に取った美卯さんが、そこに記された文字を 声に出して読みます。
「<居間で煙草を吸っても良い券>?」
「私が考えた、パパへの誕生日プレゼント!」
初音さんは、得意気な顔をしました。
「肩たたき券なんかより、喜んでくれるよ? うちのパパ。」
美卯さんは「小学生の頃、そんなプレゼントしたなー」と思います。
「はつねーのお父さん、煙草吸う人なんだね」
「日頃はママから『煙草はベランダで吸って!』って、口うるさく言われてる。」
「…」
「だけど、この券を使う時だけは、パパは居間で煙草を吸っても良いの!」
疑問が頭に浮かんだ美卯さんは、初音さんの顔を見ました。
「はつねーのお母さんが、居間で煙草吸うの禁止してるのって…部屋に匂いとか付いちゃうのが嫌だからだよね?」
「そうだよー」
「─ なのに、居間での煙草なんか吸って…大丈夫なの?」
「ママと私、2人でするプレゼントだから、大丈夫。」
「…」
「『色々悩んで準備するプレゼントより、その方がパパ喜ぶんじゃない?』って言ったら、乗ってくれた」
「へー」
「たまの事だし、後で消臭すれば良いし…」
ボソッと初音さんが呟きます。
「─ 何より、プレゼントに お金をかけずに済むし。」
表情に困って、視線を逸らす美卯さん。
気付いた初音さんの声が、半音上がりました。
「あ…あと、か…家族写真も、撮るんだよ!」
「…そ、そうなんだ」
「─ パパが、メタボにならない様に。」
「写真を撮ると…太らないの?」
「ママ曰く、パパのダイエットに必要なのは、娘の『格好悪くなったパパとは、一緒の写真には写らない!』の一言なんだって。」
「深謀遠慮の、家族写真なんだねぇ。。。」