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イタコメール

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ケース2 千葉県在住の大森邦彦さん(45才)会社員


 思えば娘の英里奈とは、正面から向き合って話したことがなかった。あれが高校へ入ってからグレてしまったのも、ある意味私のせいだと言えなくもない。
 書斎のひじ掛け椅子でグラスの氷をもてあそびながら、大森邦彦は深いため息をついた。
 もし時間を取り戻せるなら、冷えきっていた娘との関係を修復したい。腹を割って話がしたかった。彼女がなにを考え、なにに悩んでいたのか。オートバイの事故で死んでしまった今となっては、もうどうしようもないことなのだけれど……。
 そのとき、デスクのうえでスマートホンが輝きだした。
 邦彦は、ハッと我に返った。
 そういえば取引の関係で、モバイル・アプリケーションのモニターになることを引き受けてしまったのだ。たしかあれは、死んだ恋人や家族と仮想のコミュニケーションが行えるという内容だったはず。
 だとすればそれを使って……もう一度娘と話ができるかもしれない。
 おそるおそる画面を確認する。
 送信者は「erina」となっていた。
 英里奈だ、娘の英里奈からメールが来たのだ。はやる気持ちをおさえ、震える指で文面をチェックした。
【パパ、元気にしてますか? さびしい思いをさせてゴメンナサイ】
 邦彦は、涙があふれそうになるのを必死にこらえた。娘から「パパ」なんて呼ばれたのは、いつ以来だろう。たしか幼稚園を卒業するまでは「パパ」と呼んでくれていたような気がする。しかし大きくなってからは「おやじ」「あんた」ひどいときには「くそジジィ」などとぞんざいに扱われてきた。してみるとあれは反抗期によくある、本心とは裏腹な行動だったに違いない。娘のなかで、私はずっと「パパ」のままでありつづけたのだ……。
 心を熱くしながら返信を打った。
【パパは寂しくなんかないよ。だっておまえは私の心のなかでちゃんと生き続けているのだから】
 すぐに返事がとどいた。
【会いたいよぅ……(泣)】
 邦彦は信じられないという表情でメールを凝視した。生前娘から、このように甘えた言葉をかけられたことなど一度もなかった。目がしらが熱くなり画面がボヤけてしまう。
【パパだってもう一度おまえに会いたいさ】
 すかさず返事か来る。
【じゃあ会おうよ。じつは今月おこずかいピンチなの(汗)】
 思わず苦笑いが漏れた。娘という生き物は、いつまでたっても父親に甘えたいものらしい。
【仕方のないやつだな。で、いくら欲しいんだ?】
【えーとね、3枚くらい。かな(てへぺろ)】
 3枚? 妙な言いかたをするやつだな。最近の女子高生の言葉はよくわからんが、三千円のことだろうか。まさか三万ということはあるまい。邦彦が首をひねっていると、ふたたびメールがとどいた。
【ねえ、今から会わない? いつものエトランゼでいいよ。あたしが先行って部屋も取っておくから(はあと)】
 邦彦は一瞬キョトンとした。それから水割りの入ったグラスを見つめ、考え込んだ。
 ……いつもの場所? ……エトランゼ?
 まさか県道沿いにある、あの派手な看板のラブホテルではあるまいな? いやいやまさか、うちの娘にかぎって。これはきっと悪い冗談に違いない。
【こらこら、大人をからかっちゃいかんよ】
 たちまち返信がとどく。
【だっておこずかいピンチなんだもん(ぷんすか)ねえ、いいでしょ? 今日は安全日だし、パパの好きなスク水用意して行くからさ】
 ちからの抜けた手からスマホがすべり落ち、フローリングの床に当たって割れた破片が飛び散った。
 パパって……だれだコラ?


作品名:イタコメール 作家名:Joe le 卓司