アホは世界を救えるのか
トルクメニスタンのダルヴァザで、ガス田を掘削中にぐうぜん発見された古代のミイラが、じつは数百年もの長きにわたり眠り続けたヴァンパイアの親玉であるということを人類が知ったときには、すべてが手遅れだった。
ヴァンパイアに噛まれたものは、みなヴァンパイアになる。
たった一匹のヴァンパイアがネズミ算式に増えてゆき、今や全人類のおよそ一割がヴァンパイアである。
人々はすべての活動を日中に済ませ、夜は家にこもって怯えながら暮らしていた。
この事態を打開すべく国連安保理はヴァチカン市国へ助言を求めたが、
「悪魔祓いならともかく、吸血鬼のことなどわしゃ知らんわい」
とローマ教皇に一蹴されてしまう。
ただし、
「スペイン聖家族教会のセリオ・ハイメ神父ならば、なにか解決策を知っておるかもしれん」
と言うので、さっそくバルセロナへ調査員をむかわせた。
ハイメ神父は、百歳を超える老人で、カトリックの生き字引とも言われる名司祭である。
しかし調査員がサグラダ・ファミリアにある彼の礼拝堂へ着くと、神父は今まさに臨終を迎えようとしていた。
「ファーザー、主のみもとへ赴かれるまえに教えてください。ヴァンパイアから人類を救うにはどうすればよいのでしょう?」
そう訊ねる調査員に、ハイメ神父は最後の気力をふりしぼって答えた。
「お若いのよく聞きなされ。どこかにヴァンパイアの親玉がいるはずじゃ。そいつを倒せば他のヴァンパイアもみな土へと還る」
「しかし彼らには、われわれの攻撃がほとんど通用しないのです」
「よいか、ヴァンパイアはアホを恐れる。やつらを倒すにはアホを使うことじゃ」
「アホ……ですか?」
「そうじゃ、アホじゃ」
「わかりました。感謝しますファーザー」
神父は満足げに微笑むと、そのまま息を引きとった。
国連はただちに世界中からアホを募り、対ヴァンパイア平和維持軍としてPKOを組織した。
集められたアホどもは、まず米海兵隊のもとで軍事訓練を受けた。
訓練は過酷をきわめた。
でもアホなのでそれほど苦にはならなかった。
最新鋭の武器も取り揃えられた。
でもアホなので最後まで使いかたを覚えられなかった。
やがて訓練期間が終わり、アホの平和維持軍はギリシャへと派遣された。
ヴァンパイアの親玉が手下を引き連れ、メテオラの修道院に潜伏しているという情報を得たからである。
突撃をまえにして、アホの軍団長であるピニョン坂田氏が、みなにエールを贈った。
「ありがとさ~ん♪」
アホたちの間で、やんやのシュプレヒコールが沸き起こる。
かくして人類とヴァンパイアの存亡をかけた戦いの火蓋は切って落とされたのである。
輸送用のヘリから、アホどもをくくりつけたパラシュートが次々と投下される。
メテオラの修道院があるのは、そそり立つ岩山のうえだ。
アホどもは岩盤を踏み越え、意気揚々と建物のなかへ突撃していった。
ところが平和維持軍は一時間と経たずに壊滅してしまう。
ヴァンパイアは、アホなど恐れなかったのだ。
世界からアホが一掃された。
これで人類の希望は絶たれた。
ああ神よ、なぜ我らをお見捨てになられた。
敗北を知った国連の首脳たちはそう嘆いたことであろう。
ちなみにスペイン語でアホ(ajo)とは、ニンニクのことであるというのを、彼らは知らない。
作品名:アホは世界を救えるのか 作家名:Joe le 卓司