エイプリルフール
今年も四月一日がやってきた。さて、どんな嘘をついて夫を驚かそうか? 今年は結婚十周年という記念の年だ。今夜はとびきりの嘘で驚かせよう、そう私は決めた。
玄関のチャイムが鳴った。待ちに待った夫のご帰還だ。私はいそいそと鍵を開け夫を迎え入れた。夫が着替えている間に、ワインを開けグラスに注いだ。そして部屋着に着替えた夫と、向かい合ってグラスを重ねた。
「今夜は何かのお祝いかい? ずいぶんと豪勢だね」
「ええ、話があるの」
「なんだい? 話って」
私は神妙そうに口を開いた。
「別れてほしいの……」
「えっ!」
夫の驚く表情に満足した私は、ネタばらしをしようとした、その時だった。
「いつから知ってたんだ?」
「……??」
この人は何を言っているのだろう? 言葉を探しているうちに、夫の次の言葉が私を奈落の底へ突き落した。
「ごめん、実は子どもができた。別れるわけにはいかない。君には本当に申し訳ないが、俺と別れてくれ。頼む……」
私には何が何だかわからない。ほんのいたずら心で離婚をチラつかせ、自分への愛を確かめたかっただけなのに。
――驚いた夫が私の存在を再認識し、嘘だとわかってホッとし、そんな嘘は二度とつかないでほしいと憤る――そうなるはずだった。それがとんでもない方向に行こうとしている。夫に女がいて、子どもまでできた? そんなばかな! そんなことあるはずがない! 思ってもいない展開に私は狼狽した。
その時、私はハッと気がついた。そうだ、今日は四月一日だ! 騙すつもりがもう少しで騙されるところだった。そう思い、私は心から安堵した。
「今年のエイプリルフールは引き分けね。私、本当にびっくりしたわ。でも、ついていい嘘といけない嘘があるってこと、身に染みた。これからはもっと楽しい嘘を考えるわね」
そう言ってワインを一口飲み、夫の顔を見た私は一瞬で血の気が引いた。夫の苦渋に満ちた表情がすべてを物語っていたからだ。嘘なんかではない! さっきの話は真実なのだ!!
こうして私たちは、十年の結婚生活にピリオドを打った。嘘から出たまこと……とんだエイプリルフールになってしまった。
でも、もし私があんな打ち明けやすい状況を作らなかったら、夫はどうするつもりだったのだろう? いずれは話したのだろうか? それとも、隠し通すつもりだったのだろうか? 今となってはもうどうでもいいことだが。
とにかく私の第二の人生がスタートした。今後二度と、エイプリルフールに嘘をつくことはないだろう。いつであろうと嘘はいけないのだから。