不幸選手権
俺は不幸だ。
物心ついた時の記憶は、大酒飲みのオヤジと働き詰めの母ちゃんとの極貧生活。ろくに働きもしないオヤジの稼ぎは酒に消えていき、母ちゃんはいつも泣かされていた。そして、その酒が祟ってオヤジは早死にしてしまい、母ちゃんはオヤジの残した借金を返しながら、ひたすら働いて俺を育ててくれた。
そんな環境だから、俺は学歴もないし、友だちと遊ぶ金もない。来年は成人式だが、もちろんそんなものに縁などない。
母ちゃんとふたり暮らしのおんぼろアパートと、油まみれになって働く工場を往復するだけの毎日。そんな日々に嫌気がさし、俺は衝動的に電車に乗った。
そして降り立ったところは、見知らぬ田舎町だった。ただひたすら歩き続け、気がつくと小さな沼のほとりに来ていた。
こんな小さな沼でも溺れることはできるだろうか……
俺は死に場所を探しに来たつもりはなかったが、ふとそんな思いがよぎった。そして、最期の場所が美しい湖ではなく、濁った沼であるのが俺らしいと苦笑した。
俺は吸い寄せられるように、その沼の端に足を入れた。と、その水に触れた瞬間だった。急に辺りが歪み始め、まるで野外劇場のようなものが現れた。
壇上の男がマイクを手に話し始めた。
「さあ、お集まりのみなさん、これから不幸選手権を開催いたします。ではまず、そこのお兄さんから始めてもらいましょう。思いっきり、ご自身の不幸を訴えてください」
いきなり指名された俺は訳もわからないまま、これまでの鬱憤を吐き出した。どうだ、こんな不幸なヤツなどそうはいないだろう、と自信満々に。
ところが、会場はシーンと静まり返り全く反応がない。そして、俺の後に続き、次々と男や女が壇上に立って、苦労話を打ち明け始めた。それは凄まじいものばかりだった。
俺はしだいにそこにいることが居たたまれなくなってきた。先陣を切って訴えた俺の話のあまりの陳腐さが恥ずかしくなり、後退りをしてその場を去ろうとした時だった。
「それでは、今回の優勝者を発表します!」
俺は、その声を背中に聞きながら急いで歩き始めた次の瞬間、俺の足は止まった。
「まずその前に、今回特別に審査員特別賞が授与されます。それは一番の若者のお母さんです!」
俺は壇上に上げられ、賞状を受け取った。
「夫にさんざん苦労させられた上に、大事に育て上げたはずの息子は、自分のことしか考えられない愚痴こぼし男になってしまった。このお母さんは、本当にお気の毒で言葉もありません。審査委員一同、ご同情申し上げこの賞を授与いたします」
俺はハッとして周りを見ると、蔑むような目で審査員たちが俺を見つめている。俺はその賞状に目を落とし、自らそれを読み上げると、涙が溢れてきた。
(そうだ、母ちゃんこそ一番の不幸者だった……)
涙を拭うと、驚いたことに、目の前には先ほどまでの沼が広がっていた。野外劇場も審査員の姿もどこにもない。そして、沼の水に浸かった冷たい足の感覚が戻ってきた。
でも不思議なことに、さっきまで濁っていた沼の水が透き通っているではないか! まるで湖のように。
(そうか、濁っていたのは俺の心の目だったんだ……)
俺は、母ちゃんが待つアパートへ帰って行った、こんな思いを胸に秘め……
(今からでも遅くはない。毎日、懸命に働いて母ちゃんに楽をさせるんだ! そして、あの母ちゃんにいつか幸福選手権の大賞を取らせてやるんだ!)