人生
貰ったものは船。そして、それを進めるためのオール。
どちらも泥でできていた。
神様は言った。「終わりを目指せ」と言った。
神様からのプレゼントはそのための道具だった。
だから僕は必死でオールを漕いだ。
正しい行き先も目指すべき方角も教えてもらえなかったが、僕はそれでも進み続けた。
どれだけ進んでも終わりなど見つからない。
どれだけ進んでも陸地は見えない。
水に触れた船底はしだいに崩れ出し、オールも少しずつだが水に溶けて形を失っていった。
僕は最終的にどんな岸辺に辿り着くのだろうか。
そんなものは分かるはずもない。
きっと、これは普通のことなのだろう。
自らの進むべき道があらかじめ分かりきっている人間などいないのだろう。
僕は進み続けた。
船は既に沈み始め、オールなどとうの昔に消え去った。
どれだけ進もうと陸地は見えなかった。
何処を見渡しても陸地は見えなかった。
もちろん不安になることもあった。
むしろ、不安を感じない時間など無かった。
それでも僕は止まらなかった。
神様に「終わりを目指せ」と言われたから。
だから、どれだけ不安を感じようとも僕は進み続けた。
終わりを目指し続けた。
きっと、自分が報われる日がいつか来るのだと信じて進み続けた。
そうして、気づいた頃には船が形を失っていた。
進み続けるための体力はもう残っていなかった。
足掻く術など持ち合わせておらず、大海の真ん中で助けを求めるが誰にも響かない。
神様に助けてくださいと願ったところで何も変わらない。
もう全てを諦めようかと思い始めた時、水に触れた自らの体がボロボロと崩れ始めていることに気がついた。
結局、僕自身も泥で作られた人形に過ぎなかった。
体が全て崩れ去ったあと、僕は再び神様と話をした。
真っ暗で何も無い空間だった。
方角も分からず、匂いも無い空間だった。
僕と神様はそんな空間で二人っきりで向かい合った。
神様は僕を見つめて口を開いた。
「お疲れ様」
とても優しい声だった。
その声があまりにも優しさに満ちていたからなのか、僕は申し訳ない気持ちになった。
「神様、ごめんなさい」
「どうして謝るのかな?」
「僕、神様に言われたことを実現できなかった。終わりにたどり着けなかった」
僕は素直に謝った。泣いて謝った。
でも、神様は僕の謝罪を笑って跳ね除けた。
そして、「気にする必要は無いよ」と言った。
「私は終わりを“目指しなさい”とは言いました。ですが、終わりにたどり着けとは言っていません。あなたはしっかりと終わりを目指しました。岸辺を目指し続けました。それだけでもう目的は達成されているのです。大切なのは岸辺を目指し続けることであり、陸地に辿り着くことではありません。」
神様はそう言った。
そう言って、僕を褒めてくれた。
「よく最後まで終わりを目指し続けましたね」と言いながら、僕にプレゼントをくれた。
神様からのプレゼントは寂れたテレビだった。
「今までのあなたを振り返りましょう。それが終わったら、あなたには次のプレゼントを渡します」
神様は微笑みながらテレビの電源を入れた。そして、それを足元に置いた。
テレビには様々な映像が次々と映し出されたが、映像のほとんどにはモヤがかかっていた。
音はザラついたノイズに邪魔をされ、全体的にうまく聞き取れなかった。
でも、僕にはこのテレビが、この走馬灯のように目まぐるしく切り替わる映像が何なのか理解することができた。
これは僕の人生だ。
僕が必死になって進み続けた物語だ。
僕は最後まで映像を見続けた。
懐かしい思い出や忘れていた思い出、様々な思い出と再会を果たした。
だけど、最後まで見たところで僕の人生の意味を見つけることはできなかった。
どうして僕は進み続けたのだろうか。
どうして僕はオールをこぎ続けたのだろうか。
流れる映像をどれだけ注意深く見たところで、その理由は見つかることが無かった。
僕は神様に質問をした。
「僕はどうして進み続けたのでしょうか?」
神様はやっぱり微笑んでくれた。
そして、笑顔のままで僕に言った。
「そんなこと、私が知っているハズが無いでしょう?進み続けたのはあなた自身なのですから、理由はあなたにしか分かりませんよ」
その時、映像が終わりを迎えた。
エンドロールは流れなかった。
テレビの電源を切った神様は、僕にプレゼントをくれた。
くれたものは船。そして、それを進めるためのオール。
どちらも泥でできていた。
神様は言った。「終わりを目指せ」と言った。
神様からのプレゼントはそのための道具だった。
終わり