TSUGARU 第2章 旅の始まり
東所沢駅には車両基地が併設されており、この駅始発の列車がある。本当は六時ちょうどの府中本町駅発、東京行きの列車に乗るつもりだった。先に発車するこの駅始発の南船橋行きの列車の方が空いていたので、そちらに乗ることにした。
空は曇っている。最近、人付き合いでいろいろ悩むことがあり、精神的に落ちるところまで落ちていた。そんな僕の心境を表しているような空模様だ。今朝になって東北地方は晴れとの予報が出たけれど、本当なのだろうか?そんなことを考えているうちに、発車時刻となった。ゆっくりと列車は動き出す。駅を出てすぐに、所沢市内でも有数の心霊スポットである滝の城の近くを走る。近いうちに何か祭りが行われるようで、その準備が進んでいる様子が見えた。
その先で一瞬だけ東京都清瀬市をかすめると、また埼玉県に入って新座貨物ターミナルの横を走る。新旧さまざまな機関車が貨車を従えて発車の時を待っていた。貨物ターミナルの隣にある新座駅を出て、列車は高架橋の上を走って行く。ぼんやりと風景を眺めながら、考えなくてもいいことを考え始めてしまった。数日前に何となく自分を否定されているように感じるできごとがあり、それを思い出して自分とは何なのかと考え込んでいた。そうしているうちに、列車は次の北朝霞駅に着いた。ここは東武東上線と接続している駅なので、いつもならここでたくさんの乗降がある。しかし、今は土曜日の早朝とあって、ほとんど乗降はなかった。
北朝霞駅を出て少し走ると、列車は大きくて長い鉄橋で荒川を渡る。広々とした河川敷には、グラウンドもある。今からどれぐらい前の話かもう覚えていないけれど、この辺りにアザラシが現れて有名になった。そのアザラシも気がついたら海へ帰っており、今となっては地元住民でさえ覚えている人はごくわずかだろう。
荒川を渡り終えると、西浦和駅に着く。その直前で走っている線路が貨物列車用の線路から分岐する。普通ならば貨物列車用の線路が旅客列車用の線路から分岐するけれど、ここでは逆になっている。それには、武蔵野線が貨物列車のバイパス路線として計画され、敷設されたという背景がある。西浦和駅を出ると、列車は本線から分岐したり、これから合流したりする貨物列車用の線路をすり抜けて武蔵浦和駅に到着した。ここで埼京線に乗り換える。大きな路線との接続駅なので昼間であればプラットホームは人々でごった返しているけれど、今はそれが信じられないほど静まり返っていた。
コンコースを歩いて埼京線乗り場へ向かっていると、どこからともなく埼京線の下り列車の到着を告げる案内放送が聞こえてきた。今からその列車に乗るのは急がなければならず大変そうなので、次の列車を待つことにした。結局、東所沢駅は予定より一本早い列車で出たけれど、武蔵浦和駅から乗る列車は変わらなかった。
エスカレーターを上り、プラットホームへ行く。一本前の下り列車は、たった今、去ったばかりだった。目の前には新幹線の線路がある。埼京線は東北・上越新幹線の大宮駅から上野駅が開業した際に、同時に開業した路線だ。赤羽駅から大宮駅まで新幹線の線路と並んでいる。今はまだ新幹線の線路に列車が来る様子はない。埼京線のように列車が来る前に案内放送が入るわけでもないので、いつも唐突に列車がやって来るのだけれど。一本早い列車で東所沢駅を出たのは間違いだったようで、ここでの待ち時間は十分近くある。所在なくスマートフォンを見て時間を潰していた。ふと顔を上げた瞬間、不思議なものを発見した。線路際の側溝に、忘れ去られたように落ちている千円札。落し物であることは一目瞭然だけれど……
その千円札をぼんやりと眺めていると、下り列車の到着を告げる案内放送が入った。やって来たのは、三年ほど前に導入された新型車両だった。華々しくデビューしたかと思えば、破壊的な勢いでそれまで走っていた旧型車両を駆逐してしまった。ゆっくりと入線して来たその列車の後ろから新幹線の列車が走って来た。我関せずとばかりに駆け抜けて行ってしまった。
埼京線もいつも混んでいるという印象があるけれど、早朝ということもあって空いていた。時折、列車は上り列車や新幹線の列車とすれ違ったり、あるいは新幹線の列車に追い越されたりしながら走って行く。こういう光景が見られるのも、埼京線ならではだ。住宅街のど真ん中を走る列車に揺られているうちに、大宮駅が近づいてくる。北与野駅を出たところで後ろを見ると、さいたま新都心の近未来的な街並みが展開されていた。僕が高校一年生の頃にできたこの街には、最近になって〝コクーンシティ〟というショッピングモールのようなものもできたそうで、周辺住民の生活にも欠かせない街となったようだ。
さいたま新都心を構成する要素の一つである〝さいたまスーパーアリーナ〟の横を通り過ぎる辺りで、埼京線の線路はだんだんと地下へ向かって行く。その途中で、使われなくなった線路が何本も見える。かつてはここに役目を終え、これから解体される時を待っている車両の姿が多数見受けられた。いつの間にかその光景も見られなくなり、その線路も使用されなくなったようだ。
その風景を眺めているうちに列車は地下にもぐり、大宮駅に到着した。たくさんの人が降りる。この乗り場から新幹線乗り場の改札口へ行くには、長い階段を二つも上らなくてはいけない。苦労したその先に、新幹線乗り場の改札口があった。ここでは自動改札機に乗車券と新幹線特急券を通す。どういうわけか係員のいる窓口を通れと自動改札機に指示された。もしかしたら、切符の日付が違うのか?もしこっちに一切の責任がないような間違いがあったら、発券した国分寺駅のびゅうプラザの責任は重いぞ!そう思いながら窓口へ行くと、切符の磁気が弱っていて自動改札機では読み取れなかったとのこと。これまで切符というものを何百回も、いや、何千回も買って自動改札機に通しているけれど、磁気が弱って読み取れないなんて初めてだ。
作品名:TSUGARU 第2章 旅の始まり 作家名:チャーリー