フィラデルフィアの夜に8
暗い表情で、机の前に向かい、ただただ巻き続けていました。
目の前には分解されたピストル。部品のバネが床に転がりました。
何人もの人に向けたもの。弾丸を向けたもの。
やってしまった現実。
一瞬でも逃れようと、巻き付けてました。
単純な作業に溺れ、逃げようと。
殺し屋。
そうなってしまった者。
あまりの空腹と貧困で、人の一番大切なものを奪うようになった者。
音。
血を流し倒れる人影。
うめく声。
焦げたような匂い。
最後の最後、こっちを見てきた顔。
顔。
顔。
顔。
その目。
見開いた目。
感触残る引き金。
いつしか麻痺して慣れると言われたそれは、頭から離れないようになっていました。
頭を机に打ち付け、トーンとかすかな音。
指に巻き付けた針金が、縦に落ちた音。
トーン。
トーン。
トーン。 トーン。
トーン。 トーン。 トーン。
トーン。
トーン。
10の指から落ちた針金が、音を出します。
それに続いて、音。
トン。
トン。
短い、精巧な作りのバネが、弾んでいます。
ピストルの部品の、バネ。
男が指に巻いた針金と、ピストルのバネが、奏でます。
トーン。
トン。 トーン。
トーン。 トーン。
トーン。
トーン。 トン。
トーン。
トーン。
トーン。
トーン。
見とれます、夢か現か、薄暗い部屋の中、心地良いリズムの中で。
バネは、いつしか音を止めました。
どこにも見当たりません。
男もまた、同じように。
ただ喧噪の中に耳を澄ますと。
トーン。
トーン。 トーン。
人影と共に。
トーン。
作品名:フィラデルフィアの夜に8 作家名:羽田恭