悠々1
彼は、教室の中で浮いていた。
病気かなんかで1年留年になった彼は、その教室の誰よりも大人であり、誰よりも綺麗であった。
彼は、周りが同級生として接してくれるように、わざわざ最初は敬語を使っていた。
それにも関わらず、彼と深く関わろうとする人は誰もいなかった。
…ある噂も災いして。
「岸」
「…落合君、何?」
小首を傾げる。
長く伸びた髪がそっとシャツの襟に当たる。
「昨日、見たんだけど―――…」
「何を?」
姿勢を戻し、問われる。
「………」
少しの沈黙。
そして。
「…やっぱり、あれ、落合君だったんだ……」
うつむいて、言う。
「あれは…」
言い出そうとすると今度は勢いよく頭を下げて、言う。
「お願いします……、誰にも言わないでください。…僕と、彼の未来の為に」
昨日、放課後、僕は家に帰っている途中。
道の角を曲がると、駅がある。
網目状に繋がった、入り組んだ道だ。
視界に入った、一本の道に彼はいた。
彼は、男にしては髪が長い。だから、後ろ姿でもはっきり分かった。
もう一人、多分先輩だろうと思われる男が一緒にいる。
あいつにも一緒に帰る人がいたのかと思った矢先だった。
(……………え)
接吻、口吸い、口づけ。
色々な表現があるだろうが、そういう行為をしていた。
…あの二人。
仲良さげ。
そういえば、そのような噂は、冗談まじりで聞いた事がある。
……だけど、
ちら、とこっちに目をやった岸は、僕の事を捕えたのだろうか。
僕は必死に、そして静かにその場から逃げた。
ただ、その時の彼の顔が―――…今までにないくらい幸せそうだったのを、僕に強く印象づけた。
「あの人、さ」
「―――え」
「あの人、嫌がってるのに、ああゆう事、平気でしてくるからさ」「…ごめん」
申し訳なさそうに、こちらを見て言う。
「…いや!その……」「良いじゃん、そーゆーのは、個人の問題だし…」
「そっか!」
にこっと笑って言う。
「落合君は、理解あるね―――…」
要するに、男同士なわけだが、彼が妙に女らしさというか、色気を持ち合わせているため、目を背けたいものではなかった。
そして、その秘密を知ってから2年後。
高校を卒業し、彼は私立大学へ、僕は東応大学へ目指し勉強(要するに浪人)している時だった。
偶然道で会ったのだ。
僕の方は、密かにあるものをつのらせながら。