クレ夫
そんなクレ夫も今年で五十。もはやストリートチルドレンではなく、ストリートおっさんだ。
同じく小さい頃に両親にゴミ箱に捨てられたうなぎという女性は、そんなクレ夫が憐れでならない。
もちろん、うなぎというのも通称である。ぬるぬるしてるから、うなぎと呼ばれてるだけだ。どこが、とか聞かないでくれ。これが児童書ということを忘れるな。本名は、山本むしえである。
うなぎは、クレ夫とは対照的に、体一貫でのし上がった。小学生の頃から商売をしている。銀座の一流バーのママになったのは、実に13歳の時だ。
以来、事業を拡大し、六十になった今、年収は、日本の国家予算の三分の二だという。
そんなうなぎが、なぜクレ夫を気にかけているのか?
そんなこと、オレは知らん!
だって、興味ないもの!
ただ、わかっているのは、うなぎはやたらクレ夫をかまうということだけだ。
「ああああ。うなぎ様ぁ。食べ物を食べ物をぉぉ」
「汚い手で触らないでちょうだい!」
うなぎは、クレ夫の手をはたき、ベンツに乗り去る。
しかし、翌日になると、また、クレ夫のとこへ行く。
「うなぎ様ぁ。うまぎ様ぁ。お金を。お金をプリーズ。プリーズ」
「早く死になさい!」
うなぎは、クレ夫の頭を叩き、ベンツに乗って去る。
そんなことを何十年も続けている。
なぜ?
だから、知らんて!
本人に聞けよ!!!
しかし、街の人はクレ夫に優しかった。うなぎ以外はみんな優しかった。空き缶にドッグフード入れてくれたり、魚の骨を入れてくれる。だから、クレ夫は今まで生きてこられた。
なぜだろう?
現在日本はアメリカ型の競争社会である。ホームレスなど自己責任で死んでいけと罵る風潮がある。
なのに、このクレ夫は、みんなに助けられている。
実は、クレ夫は、悪口屋というのをやっていたのだ。
街頭で、みすぼらしいクレ夫が、通行人に「馬鹿。あほ。死んでしまえ」と悪口を言いまくる。
すると、むかついた通行人がクレ夫の方に歩み寄り、「お前こそ死ね。ボケ。カス。社会のくず」と罵る。
すると、どうでしょう。通行人の心が晴れ渡るではないですか。雲ひとつない青空のように!
無理もない。現在は極度のいい人社会である。いい人を演じないと社会的にすぐ抹殺されてしまう。だから、自分の悪いとこがうまく出せずにストレスが溜まる。
そんなネガティブな感情をクレ夫はいい人たちに吐き出させてあげるのだ。気持ちよくなるのは当たり前だ。
だから、みんなお礼にりんごの皮や、芋のしっぽをクレ夫にあげるのである。
では、なぜ、うなぎはクレ夫にあげない。
だから、それは知らんってさっきから言ってるだろう!しつこいな!!!
しかし、転機が訪れた。みんな、クレ夫に食べ物をあげなくなってしまったのだ。
なぜだ。
理由は簡単である。
クレ夫はみんなに悪口を言われ続け、最初は魚の骨とかもらって喜んでいたが、五十年間も続けているとさすがにストレスになって苦しくなる。
そこで、クレ夫はみんなに好かれようとキャラ変換をし、いい人になろうとしたのだ。
「お嬢ちゃん!きれいだね!食べ物ちょうだい!」
「おっさん!服かっこいいね!食べ物ちょうだい!」
みんなくれるはずもない。だって、クレ夫がそんなんだと悪口を言えないじゃないか。楽しくないじゃないか。
そんな裏事情は知らず、クレ夫はボランティアも始めた。どぶさらいや、土手の草刈を黙々と続けたのである。
しかし、ついに、餓死してしまった。
遺体が土手で発見された時、クレ夫の表情は実に笑顔ですがすがしいものであった。
発見した人々は、ここぞとばかりにクレ夫の死体に次々に蹴りをかましたり、腹を破いて小腸を取り出し振り回したり、とにかく、日常のストレスを吐き出した。うっぷんを晴らした。
めでたし、めでたし。