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森の向こうに

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 僕が小学校一年生から二年生に上がる時のことだった。
 父親が転職し、この町に引越して来た。

 別にそう遠くへ引っ越しして来たわけじゃない、車なら一時間もかからないような距離。
 でも、ここはそれまで住んでいた町とは随分様子が違っていた。

 物心ついてから小学校一年生までを過ごした町は割とごみごみした町だったが、ちょっと下町っぽい、濃い目の近所付き合いがある町で、丁度近所に同じような年回りの子も多くて遊び仲間には困らなかった。
 通りでかけっこやかくれんぼをしたり、ちょっとした空き地で銀玉鉄砲の撃ち合いをしたり、ブロック塀の上を伝わって歩いてみたり、だれかの家の玄関の三和土でめんこをしたり……。
 まだ少し小さすぎてベーゴマは上手く回せなかったけど。
 そうそう、一軒だけあった駄菓子屋に通うのも楽しみだった。
 そんな町から、そんな友達から、そんな毎日から一人離れなくてはならないのはちょっと辛かった、親は「向こうにも子供はいるだろうからすぐ慣れるさ」くらいに思っていただろうし、「そんなに遠くに引っ越すわけでもない」とも思っていたのだろうが、六歳児にしてみれば見知らぬ土地に放り出されたようなものだ。

 ただ、自然がまだまだ残っているのは新鮮でなんだか嬉しかった。
 家の前に広い空き地はあったし、一面のれんげ畑も……それが田んぼになるというのは六月になって知ったが。
 一軒一軒の家の敷地がだいぶ広いので、全体的に緑豊かな印象も受けた。

 数日後、始業式のために小学校に向かうと、通学路に沿って桜の木が植えられていて、花びらが舞っている……その光景が印象的でしばし足を止めた覚えがある。

 しばらくすると友達も出来たが、やはり前の町とは遊びが微妙に違っていて僕はすぐには馴染めなかった。
 別に仲間外れにされたとか苛められたという覚えもないのだが、なんとなく違和感を感じて一歩引いて友達のやる事を見てしまい、促されてやっと参加するという様な……。

 
 二学期も半ばを過ぎ、枯葉が舞い始める頃のことだ。
 通学路の途中に、皆が『森』と呼んでいる一角があった。
 子供の足でも十五分もあれば周囲を一回りできる程度の一角なのだが、木がうっそうと茂っていて中を見通せない。
 そんな一角を見たこともなかった僕にとってはちょっと怖いような場所、そんな事を一緒に下校していた友達に話すと、彼もやはりその中に足を踏み入れた事はないと言う。
 翌日、彼と昼休みに『森』の事を話していると、一人、二人と話の輪に加わって来る。
『森』が気になっていたのは僕だけじゃなかったんだ。
 で、結局誰もそこに足を踏み入れたことがある子はいなかった。
 それどころか……。
「森の中にはいまにも朽ち果てそうな納屋みたいなのがあって、その中には蛇がうじゃうじゃいる」だの。
「いや、その納屋の中には髪も髯もぼうぼうの男の人が住んでいる」だの。
「いや、その納屋は野良犬の住処になっていて、人が覗くとかみつかれる」だの。
『いまにも朽ち果てそうな納屋』だけは共通しているものの、様々な説が飛び交う。
 
「おれの話が合ってるんだ、だって兄ちゃんに聞いたんだから」
「僕の話はお父さんから聞いたんだ」
「俺のはあの近くにいた大人の人から聞いた」

 どれが真相か分からない。
 そして、真相を突き止める方法はひとつしかない。

「それじゃ、探検に行こう」

 小ニとは言え、それに乗らなければ男じゃない。
 正直言うとちょっと怖かったけど、ここは「いいよ、行こう」としか答えようがない。


『森』は『ハケ』に沿った上にある、その昔、川が氾濫するとここまで来たという境界線、ちょっとした崖のようになっていて、その下には細い用水も流れている。
『探検』はわざわざ用水側から登ることになった。
 普通の住宅地に取り残されたように存在する『森』、どこからだって行けるのだが、よじ登る位の険しさがないと探検っぽくない……からだったんだろう、多分。
 
 しかし、僕らの『探検』はのっけから躓いた。
 用水は子供が飛び越えるには少し場から幅がありすぎたんだ。
 最初こそ少し怖気づいていた僕も、どうやって用水を超えるか頭を絞った、『探検』にわくわくし始めていたのだろう。
 
「しょうがないな」

 ガキ大将と言うほどでのこともないが、外遊びではいつも先頭に立っていた子が、この『探検』でもなんとなくリーダーっぽくなってた、その子が顔を向けた先、その100mほど先には幹線道路が走っていて、用水をトンネルが跨いでいる、そこへ迂回すれば良いだけのこと。
 実は僕も気付いていたんだが、なんとなく言い出せなかったんだ。
 なんだか『探検』に水を差すようで……。

 少し残念な気持ちも抱きながら、幹線道路へ出て用水を越え、ハケの下に立った。
 垂直に切り立ったような崖ではないものの、階段や坂道のように立ったまま足だけで登れるような崖ではない、遠くから見ている分にはそれほど高いとも思わなかったが、いざその真下に立つと、登る事を拒否するような高さと角度、そしてその上に生い茂る木は枝を張って『来るんじゃない』と警告していかのようだ。
 ここを登って行くのは確かに『探検』だ。

「行こう」
 リーダーが地肌から顔を覗かせている木の根に手を掛けて先陣を切る、僕らはその後に続いた。
 子供用に安全に設計された遊具ではない、リーダーがやる事を真似して、露出した木の根を掴み、地肌を運動靴のつま先で掘って足場を作りながら登って行く。
 
 崖の上は少しなだらかな法面になっていて、木が生い茂っていた。
 僕らは崖の上で落ち合って、ひとかたまりになって木を縫うようにして進む……。

 突然、ぱっと視界が開けた。
 そして……。

「なんだ? お前ら、そっちから登って来たのか?」

 いかにも農家のおっちゃんと言う風な爺さんが、かき集めた落ち葉を焚き火で燃やしながら。僕らを見てきょとんとしている。

 何の事はない、『森』の真ん中には農家があったのだ。
 古い納屋は実在したが、『今にも朽ち果てそうな』と言うほどのこともない、当然その中は蛇の巣窟でも、得体の知れないオジサンの住処でも、野良犬のねぐらでもなく、耕運機や農機具がでんと置かれている、要するにただの農業用倉庫だ。

「そっちから降りるのは危ねぇな、あっちへ抜ければすぐ道に出られるから、あっちから帰んな」

 僕らはちょっと小さくなりながら、ぞろぞろと農家の中庭を抜けた。
 おっちゃんが言うとおり、農家を抜けると狭い道路があり、そこを右に折れた突き当りにはいつもの通学路が見える。

「なんだかなぁ……」
 誰かが呟くと、なんとなく可笑しくなって、皆で笑いあった。
「でもさ、面白かったね」
「うん、ドキドキした」

 尻切れとんぼで唐突に、拍子抜けする形で終わってしまったが、曲りなりにも僕らは『探検』を成し遂げたのだ。
 もし、また『森』のことが話題になっても、探検に加わったメンバーは胸を張って言える。
「ああ、あそこには農家があるんだ、本当だよ、だって見てきたもん」
 証人だっている。

 それ以後、なんとなく感じていた違和感は消えた。
作品名:森の向こうに 作家名:ST