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ヴァシル エピソード集

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+闇は、永遠には続かない



古の時代。創世の聖戦と呼ばれる戦があった。破壊者と呼ばれる存在が世界を闇で覆い尽くし、破滅の縁へと誘った。破壊者アルス。そしてその使徒たちであるガルグの民。それらによって、世界はそのとき終わりを迎えようとした。しかし、女神はそれを許さなかった。使徒は退けられ、破壊者は封じられた。
それから幾千もの年月が過ぎ、先年破壊者は復活した。しかしまたしても、世界に破滅は訪れなかった。破壊者が滅ぼされたわけではない。破壊者と呼ばれた少年は今なお生きている。
ならばなぜ?
破壊者の使徒であるガルグの民の長は、破壊者アルスが復活ししばらくしてから、そこに留まるようになった。
深く暗い洞窟の奥底。そこならば、光は一切射し込まない。男は腰掛けるにちょうど良い岩にずっと座り込んだまま動かない。うつむき、疲れたように、そして何かにおびえるように、身をかき抱く。
「まだ、表に出て行く気には、なりませんかヴァシル」
ふと、その光が入り込む余地もないはずの洞窟の中に、小さな灯火が現れた。
ヴァシルと呼ばれた男はその光を感じたとたん、更に身をきつくかき抱き、少しでも光から逃れようと身を縮め、震える。
光の元に現れた少年は、その姿に、小さく嘆息をこぼした。
少年は真っ白な姿をしていた。白い髪に白い服、なにもかもが白。ただ、その目の色だけが奇異に思えるほど、鮮やかな紫だ。
人ではない存在。この場でうずくまるガルグの長同様、他の人間が見たなら思うことだろう。
少年は、うずくまるヴァシルに、かろうじて灯りが届くか届かないかの距離を保って、別の岩の上に腰掛ける。そのまま、なにも言葉にすることもなく、少年はただ待った。
闇の中に沈黙が落ちる。しかし、少年が携えてきた小さなランプがかすかにはぜる音だけは、時折洞窟内に響いた。
音は、ヴァシルをよけいに恐怖させた。パチリとはじけるたびに、身を震わせる。
「あなたにはやはり申し訳ないことをしてしまったのかもしれませんね」
少年は小さくこぼす。ヴァシルはその声にわずかに首をもたげた。身をかき抱いたまま、ぎょろりと見開いた目で少年とその傍らにある灯火を鋭くにらみつける。
「あなたを、お恨み、申し上げます。アルス」
合わない歯の根で、かすれるような声で、振り絞るように発されたのは恨み言。アルスと呼ばれた少年は、その言葉に、穏やかに笑った。
「ヴァシル、僕は破壊者アルスではありません。ただの、サーレスです。サーレス・ジェータです」
返された言葉にますますヴァシルの目は見開かれる。信じられない言葉でも聞いたように首を振り、頭を抱え込む。
「僕は、あなた方を苦しめるつもりは、ありません」
「苦しめるつもりは、ない、ですと? あなたは、嘘をついて、おられる。ならばなぜ、我らがこれほどまでに、苦しまなければ、ならないのですっ」
ヴァシルは吼えた。光におびえながら、しかし言わずにはおれないとでも言うように、光の届かないぎりぎりの際で叫ぶ。震える指先が岩肌を抉る。爪が硬い岩石の上で震え、ぶつかって音を立てるのを、慌てて押さえる。そんな些細な発露でも避けたいのだろうか。ヴァシルは少しでもその光から逃れようと、また一層暗い闇の中に沈もうとした。
「あなた方が苦しむとするなら、それは僕が苦しめるんじゃありません」
「ならば、なんだと、おっしゃるのです」
「あなた方自身です。あなた方が今までしてきたことに対して、あなた方に芽生えた罪の意識がそうさせるんです」
「罪?」
ヴァシルはここにきて初めて、乾いた笑い声を零した。
「罪ですと。そんなもの、ガルグの民には不要のもののはず! なぜっ、なぜこんなものを与えたもうたのです、アルス! 我らに、こんな、くだらないもの、などっ」
くだらないもの、と叫ぶヴァシルの声が細る。最後は笑い声からうめき声のようにもなって、うずくまったヴァシルの身体全体から発せられるようだった。
「くだらないでしょうか? 僕は、一番大切なものだと思いますよ。人が本来初めから持ってるはずの感情です。僕が、いいえ、僕の中に宿るアルス・ガルグと言う存在が、やっと気付いた想いです。それを、ようやくあなた方に与えることができた。僕は、良かったと、思っています」
「我らが苦しむ姿を見て、良かったと? それはさぞや、気分がよいのでしょうね、アルス」
うめき声とも狂った笑い声ともつかない叫びが混じり、闇の中に響く。辛抱強く、穏やかな笑みを浮かべ諭す少年にも、やがて疲れのような悲しみが浮かんだ。
「いい加減、やめませんかヴァシル」
「やめる? あなたのせいなのですよアルス。あなたが私たちをこんなにも弱くしてしまった。あなたは私たちに与えてはいけないものを与えられたのです!」
「確かに、僕が与えたものは、多くのガルグの民には、重すぎたのかもしれません。耐えきれずに、消えてしまった者も多い。でも、あなたはまだここに存在しているではないですか」
「ええ、何を間違ったか、ですね。私も、消えてしまえば良かったのですよ。他の同族達と共に。そうすれば、こんな苦痛に苛まれずとも済んだのです。こんな想いなどっ」
「後悔してるんですね。貴方も。もう、分かっているのでしょう? 自分の気持ちに。でなければ貴方程の存在が、今この世界に残っていられるとは、僕には到底思えないんです」
「私の方が不思議ですよ、なぜ、私を消し去ってはくれないのですアルス」
「そんなに消えてしまいたいのなら、僕を今ここで、殺しますか?」
かつりと、少年はヴァシルの前に立った。ぎりぎり小さな灯火の範囲内。その境目に、彼は立ち、闇の中のヴァシルを見下ろす。
「僕を殺せば、貴方も消えます。ガルグの民の始祖たる魂が消滅すれば、一族皆消え果てるでしょう」
ヴァシルは半ば闇に隠れた少年サーレスの姿を見上げた。手を伸ばせば、届く距離だった。半分は闇の中。光に触れずともその首をひねれば、ヴァシルは自由を得るだろう。何も残すことなく消滅できるだろう。たとえ光に触れたとしても、ほんのわずか。恐るるには足らないはずだった。
ヴァシルは手を伸ばした。光に触れるか触れないか。慎重に、主と定めていた少年の命を絶たんと。
少年がゆっくりと目を閉ざす。昔、彼が盲目であるふりをしていた時のように、静かに。
抵抗を示さない少年に、ヴァシルは手をかける。その肌と間近に触れ合うとき、少年は吐息のように囁いた。
「ヴァシル。僕は、嬉しかったですよ。貴方が、存在していてくれたことが。貴方に、僕の思いが伝わっていたことが」
唇が笑みを形作る。
それに、ギリ、と歯ぎしりが重なった。
「そんな言葉は、聞きたくありません!」
絶叫と共に、二つの身体はもつれ合う。岩肌の上に倒れ込み、黒衣が白衣の上に覆いかぶさる。
「私はあなたが憎いですよ、アルス。貴方がおっしゃるなら、望み通り殺して差し上げたいほどにね! ええ、殺して差し上げますとも!」
筋の浮く腕がきしむ音を立てながら少年の白い喉を締め上げる。少年の身体に馬乗りになって、少年の呼吸を奪う。その首ごと押しつぶしてしまおうとする。
少年は苦悶に表情をゆがめた。だが、それは苦痛と絶望に支配されたわけではなかった。
作品名:ヴァシル エピソード集 作家名:日々夜