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オフショット(掌編集~今月のイラスト~)

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「いいねぇ、綺麗だよ、まるで天から舞い降りてきたみたいだ」

 柔らかな素材のドレスが送風機の風になびき、彼女の美しい体のラインを際立たせ、風になびく髪が彼女の美しく整った顔を彩る。

 彼女と仕事するのはこれで何回目、いや、何十回目になるんだろう。
 俺は彼女をこの世で一番魅力的な被写体だと思っているし、彼女は俺を自分の一番良い表情を撮ってくれるカメラマンだと思ってくれているみたいだ。

 モデルの気分を乗せる為に褒めちぎる……カメラマンにとっては大事なテクニックの一つだ、ただ、彩を撮る時に限ってはテクニックと意識する必要がない、自分が感じた通り、そのまま口に出していれば良い。
 彼女もそれがお世辞ではないと知ってくれているから、褒めれば褒めるほど良い表情を見せてくれるんだ。
 カメラマンとモデルとして理想的なパートナーシップだろう?

 彩はファッションモデルから転身した女優、今年で35歳になるはずだが、その美しさにはますます磨きがかかって来ている。
 癖のない整った顔立ち、とりわけ目が魅力的だ、ぱっちりとしているのにどことなく和を思わせる。
 仕事柄、今時のアイドルを撮る事もしばしばある、彼女たちのぱっちりした目はくりくりと動き、心の中をそのまま表に現す、勿論それはそれで魅力的なのだが、彩の目にはしっとりとした落ち着きがあり、まっすぐ見据えられるとこちらの心を見透かされそうな深みを感じる、それでいて彼女自身の心は見透かさせないのだからフェアじゃない……そんなところもミステリアスで魅力的なのだが。
 プロポーションも完璧……出るべきところは程良く出て、締まるべきところはきゅっと締まっている、伸びやかな手足が露わになるとファインダー越しに見ていてもドキッとしてしまう。
 まったく神様ってのは気まぐれだ、一方でこんなに完璧な造形物を生み出しておいて、俺にはでかい顔と開いているのかいないのかわからないほど細い目、短い脚、そして医師に『糖尿の気がありますね、すぐにどうこうと言うほどではないですが、少し食事に気をつけられた方が』と忠告された達磨ボディしか与えてくれなかったのだから。

 しかし、その神様は時に粋な計らいも見せてくれる、俺と彼女はカメラマンとモデルとしてだけじゃなくて、もうひとつ特別な関係を持ってるんだ……いや、全然色っぽい話じゃなくて……。

「ブログ、見たよ、良い店見つけたらしいね」
「そうなの、塩が良いのよ、塩ダレとスープのマッチングがもう絶妙で……そっちは?」
「相変わらずのガッツリ系、麺は極太、スープも濃厚、加えてチャーシューはとろとろ」
「わあ、それいいな、今はお腹ペコペコだからガッツリの気分」
「今から行く? ここからならすぐだよ」
「うん、行く行く、連れて行ってよ」
 
 実は彩も俺もラーメンマニア、彼女は仕事柄カロリーに気を使わないわけに行かないし、俺は俺で本格的な食事制限を言い渡されるのは御免こうむりたい、お互いにラーメンは大好きだがそうちょくちょく食べるわけにも行かないから、「ここ!」と言う店を厳選して食べに行くのだ。
 同好の士どうし、また、抑えなくていけない事情を抱える者どうし、彼女と仕事をした後は情報交換して一緒にラーメンを食べに行くのが慣わしになっている……と、まあ、そういう関係、色気じゃなくて食い気の方だ。
 もっとも、彼女のような美人とだったら何を食べても旨いに決まってるけどね。

「ラッシャイ!……ワォ……」
 彩と一緒にラーメン屋に入るのはこういう楽しみもある、主人や店員が目を丸くするんだ、飛び切りの美人同伴の優越感は半端じゃない……まぁ、別に恋人と言うわけではないからその場限りの優越感だが。
「チャーシューメン」
「私も」
「ヘイ!!!!!チャーシューメン二丁ォォォ!!!!!!」
 いつもよりキレの良い声が響いた。

「ヘイ! お待ち」
「う~ん、いい匂い……家系は久しぶり、わぁ、このチャーシューお箸で切れちゃうのね」
「だろ? ……でも兄さん、俺が一人で来たときよりチャーシュー多くないか? 麺が見えないよ」
「え? そうですか?」
 主人はしらばっくれるが、目は思い切り笑っている。
「頂きま~す……あ、いけない、その前に……」
 彩はハンドバッグをまさぐると黒い輪ゴムを取り出し、長く美しい黒髪をさっと後ろで束ねる。
「それ、かっこいいんだよなぁ」
「え? 何が」
「ラーメンを前にして髪を束ねる仕草がさ……髪をかき上げながらちょぼちょぼ食う女性もいるけど、そうやってぱっと束ねて豪快に食べる方がずっとかっこいいよ」
「そうなの? だってラーメンは思い切りすすらないと美味しくないじゃない……ねぇ?お兄さん」
「え?……あ、そ、そうですよね……」
 急に話かけられた主人はしどろもどろになる、やはり髪を束ねる仕草に見とれていたのだ。
「改めて頂きま~す……う~ん、美味しい、あっさりやさしい塩もいいけど、こういうガッツリも豪快で良いわよねぇ……」
 勢い良くラーメンをすすりこむ姿に主人もつい見とれている。

「今度さ、こういうオフショットも撮りたいな」
「ラーメン食べてるところとか? う~ん、どうしようかなぁ、一応、イメージを売る仕事だからなぁ……」
「いや、絶対イメージアップになるって……そう思わない?」
 いきなり主人に話を振ったが、異論があるはずもない、うんうんとばかり大きく頷く。
「ほら」
「そうねぇ……」
「こういうのはどう? オフショットは白黒で撮るってのは」
「あ、それならいいかも……ねぇ、その時はこのお店で撮ってもいい?」
「それはもう……またいらして貰えるならなんでも……」
 そう答える主人の目じりは下がりっぱなし、鼻の下は伸びっぱなし……。
 この顔も撮っておきたくなる。
 だらしないことこの上ない顔だが、俺なら自分がこういう顔をしている写真を使われても文句ないね……だって最高に幸せな笑顔だからさ。

(終)