夜の魔物
得体の知れない何かを感じて目を開ける。枕元にある時計に目をやる。時刻は午前二時をまわったばかりだった。
ゆっくりと体を起こし、電灯をつける。瞬間的にその明るさに眩みつつ、机へ向かう。机の奥にある窓をぼんやりと見つめる。そこにはただ、洞穴の様な闇があるだけである。
こんな風に眠れない夜を過ごすのは、もう何度目になるだろうか。それなりに疲弊し眠気を感じているのに寝床につくと途端に胸の痛みに襲われる。うまく説明が出来ないが、魔物が自分の胸に蠢きながらまとわりつき、絞めつけるような感じがするのだ。
そうなってしまうと、もう眠ることは出来ない。夜が明けるまで、この魔物と闘わなければいけない。
この魔物は自分の胸を絞めつけるばかりか、自虐的な思考をもたらした。
不誠実、無気力、非生産的、愚鈍、無愛想、出来損ない、無教養、怠け者、卑屈、自己中心的――
次々と自分を卑下する言葉が浮かび上がり、それに比例して魔物がぐろりぐろりと肥大していくような気がした。
ため息をつき、本棚の奥から一冊の大学ノートを取り出した。徐にノートの最後のページを机の上に開いた。机の隅に乱雑に置いてあったペンを握りしめ、衝動的に動かし始めた。
日々の苛立ち、孤独、薄っぺらい厭世観、諦念、期待、絶望、悲嘆、妄想、自己肯定――
ノートに綴られていく内容は、支離滅裂を極める。そればかりか、文章も稚拙であるので自分の本心すら上手く書くことも出来ない。だが、それで良かった。とにかく書くという行為が重要だった。無心で書きなぐることを続けた。
気がつくと、ノートは汚い字で埋め尽くされていた。しばらく息が詰まるようなそれをぼんやりと眺めていると、混濁した文字群の中に何かが浮かび上がってきた。何だろうと思い、見つめているとそれは自分自身だった。それは鏡や写真よりも鮮明に映し出されているような気がして吐き気がした。魔物はもう姿を消していた。
時計は午前四時を示していた。窓の外を見る。未だ日の出の時刻では無いのだが、少しばかり明るくなったような気がした。
ため息をつき、大学ノートを元の本棚の奥にしまった。電灯を消して、よろよろとベッドに横たわった。
目を閉じる。――しかしその瞬間、呼吸が困難になった。胸の辺りで得体の知れない何かが蠢くのを感じた。眠れない。動悸が止まらない。そればかりか胸が痛い。まるで心臓を掌で圧迫されているようだ。
また魔物だ、と思った瞬間、先刻とは比にならないほどの胸の痛みを感じた。
何度も寝返りをうつ。それでも動悸、胸の痛みは収まらない。胸を手のひらで抑えながら仰向けになる。そして泣きそうになりながら、思った。
……一体、何時になれば魔物を殺すことが出来るのだろうか。いや、もしかしたら一生付き合わなければいけないのか。
枕元にある時計を見ると、午前五時を過ぎていた。ため息をつく。
こうして夜は明けていき、憂鬱な朝がやってくる。