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『小梅』(掌編集~今月のイラスト~)

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 デートの前日だ……と言う事はデートしたのは店を辞めた後と言うことになる、『お客さん』としてデートに応じてくれたわけじゃなかった。
「あの子、あなたとのデートを楽しみにしていたわよ、梅のアオザイ着てた?」
「うん、確かに」
「あれが欲しいって……売って欲しいって言われたわ、結婚祝い代わりにあげたけどね」
「結婚祝い?」
「詳しい話、聞きたい? 軽くで良いから飲んで言ってくれたら教えてあげる」
 聴かない訳には行かないじゃないか……。

 俺はカウンターに陣取ったが、『お~い、ママ』と声がかかるたびにママはカウンターを離れてしまうので、結局二時間ほども居るはめになったが……。

 途切れ途切れだったママの話を繋ぎ合わせるとこういうことだった。

 彼女は俺が唯一知っていた通りに、この近くの大学に通う学生で、年齢は二十歳、と言う事はまだ二年生か三年生だったわけだが、結婚と言うのは本当の話だった、大学も中退して結婚のために郷里に戻ったのだという。
 実は彼女、郷里ではちょっとは知られた旧家の出だったのだそうだ、どこの何家とまでは教えてもらえなかったが……元は豪農の家で、今でも地域の農業の発展のために尽くしている旧家、そして結婚相手と言うのは隣村の元豪農の家の長男で、六歳年上の二十六歳、彼の家は彼女の家と協力してやはり地域の農業の発展のために尽くしている、彼女と彼の関係は、彼女も彼もまだ幼い内に親同士がいずれは夫婦に……と勝手に決めていたものらしい。
 もちろん、今の世の中、それがまかり通るわけではないが、二人は小さいうちからお互いを許婚と認識して育った。
 そして彼は地元の国立大で農学の修士まで取り、村の土壌に合うある作物……これも言うとわかっちゃうかも知れないからと教えてくれなかったが……を特産品に育て上げて地域の農業にブランド力をつけようと、この数年間試行していて、あと一歩の所まで来ているのだと言う。
 ところが去年の夏、彼の父親が急病で亡くなり、彼は若くして家督を相続した、そして田舎のこと、家を継いだのなら早く嫁を取れと親戚一同にうるさく言われたらしい……。

「小梅ちゃんもね、その人の事は嫌いじゃない、尊敬できる立派な人で、自分にはもったいないくらいの人だって言ってたよ、でもねぇ……やっぱり女としてはね、親が敷いたレールの上をただ走るだけじゃねぇ……自分の人生はそれでいいの?って結構悩んでたみたいで、ウチにアルバイトに来たのもその宿命みたいなものにちょっと反抗したかったみたいね……あなたの事は本当に好きだったわよ、あたしには打ち明けてくれたもん、でもね、あなたを好きになって逆に腹が決まったみたい、二つの村……今は合併して町になってるらしいけど……の発展のために彼を支えて行こう、それが自分がすべきことなんだって……ね。
 そう……あなたとデートしてそういうことがあったの……お別れのキスだったわけね、あなたに対してもだけど、自分のこれまでの人生に対してもお別れするつもりだったんだろうね……」

 俺はそれ以上何も訊けなかった……あのキスは本当に気持ちのこもったキスで、小梅はそれを思い出として胸にしまってくれているのだろう……それで充分……いや、本心を言えば未練はたっぷりある、しかし、そんな宿命みたいなものに身を任せる決心をしたというのなら納得するほかないじゃないか……。

「ごめんね、水商売なんで、働いてくれてた女の娘の事はあまり教えてあげられないんだよ、あなたがこの話を他所でペラペラ喋るとは思ってないけどさ……だからあとひとつだけ教えてあげるね」
「何を?」
「小梅……源氏名みたいだけど、本名だったよ」
「ありがとう、ママ、教えてくれて……短い間だけど本当に好きだった娘の名前だから」
「どういたしまして、あの子もあなたが本当に好きみたいだったからさ、それくらいは良いわよね」

 
 梅の花は二月に咲き始め、三月の終りから四月の初めにかけて、桜と入れ替わるように散って行く……。
 俺にとっての桜にはいつ出会えるのかわからないが、その時は小梅の事はキッパリと忘れようと思う。
 それを小梅も望んでいるだろうと思うから……。