マッシュルームは転がらない。
俺は3歳にして保育園の園庭の小山の頂に立った。
そう、俺は見ての通りのマッシュルーム。
だが、俺は漢。漢の中の漢。決して転がることはな……。
「うおりゃあああああぁぁぁぁぁ!」
そのとき、エリンギの奴が飛び蹴りをかましてきた。
「うわあああああぁぁぁぁぁ!」
なす術もなく坂を転がり落ちる俺。
「はぁっはっはっはっはっ!」
頂で高笑いするエリンギ。
「きーさーまーっ!」
俺は必死の思いで、再び頂へと這い上がった。
「おや? 残念だ。貴様の死体が拝めると思ったのに」
不機嫌なエリンギ。
「何のつもりだっ?」
「いや、お前、日頃、『転がらない。転がらない』って、うるさいから試しに蹴ったんだが、いや、見事な転がりっぷりだったな」
「こ、転がってないっ!」
「はぁ?」
「前回り受け身を取りながら高速で下りたんだっ!」
小学校4年。俺は校内マラソン大会で1位のエリンギを射程圏内にとらえた。
コースは、まさに、胸突き八丁の上り坂。エリンギのペースが落ちた。
行ける! ここで、仕掛ける!
そう、俺は見ての通りのマッシュルーム。
だが、俺は漢。漢の中の漢。決して転がることはな……。
「おっと、よろけた」
まさに抜こうとした瞬間。エリンギの奴が足を引っ掛けてきた。
「うわあああああぁぁぁぁぁ!」
なす術もなく坂を転がり落ちる俺。
「ん? マッシュルームか。真夏の雪のように儚い人生だったな」
「勝手に殺すなっ!」
「いやぁ、悪りぃ悪りぃ。わざとじゃないんだよ」
「明らかに、わざとだろっ!」
「……ところで、お前、転がらないんじゃなかったっけ?」
「こ、転がってなどいない。後ろにでんぐり返しをしながら、素早く下りたんだっ!」
中学2年。坂の上の夜桜の下にあの娘を呼び出した。
俺は坂を駆け昇り、息を切らせながら告白するんだ。
頭の中で何度もシミュレーションした。
もうすぐだ! 夜桜の下に人影が……。
そう、俺は見ての通りのマッシュルーム。
だが、俺は漢。漢の中の漢。決して転がることはな……。
「うおりゃあああああぁぁぁぁぁ!」
突如、桜の下の人影がタックルしてきた。
「うわあああああぁぁぁぁぁ!」
なす術もなく坂を転がり落ちる俺。
「ハッハッハッ、マッシュルームよ。恰好悪いな!」
「エ、エリンギ?」
「お八なら、来ねーよ! 『キモイから代わりに行って!』だってよ。あんな小悪魔、お前の手には負えねーよ!」
「な……、なんだと?」
「……ところで、お前、転がらないんじゃなかったっけ?」
「こ、転がってなどいない。必殺技の特訓をしていたんだっ!」
高校2年。秋色に染まる八ヶ岳の頂を俺は目指していた。
俺は、登山部のエースとなっていた。
もう少しで頂上だ。
そう、俺は見ての通りのマッシュルーム。
だが、俺は漢。漢の中の漢。決して転がることはな……。
「下山の荷物を軽くしよう」
その声とともに、缶詰やらビスケットやらが頭上から降ってきた。
「うわあああああぁぁぁぁぁ!」
なす術もなく急斜面を転がり落ちる俺。
「おっ! マッシュルームじゃん。そんなところで、何してんの?」
「き、貴様―っ! 貴様のせいで転……」
「……ところで、お前、転がらないんじゃなかったっけ?」
「ぐっ! 貴様のせいで殺されるところだった」
20歳。俺は競輪選手として売出し中だった。
こんな時代じゃあ、大学を出ても、まともに就職できるか分からない。
俺は己の太腿で稼ぐ!
今日は行ける! バンク勝負だ!
ことバンクにかけては、俺は神がかり的な強さを持っている。
そう、俺は見ての通りのマッシュルーム。
だが、俺は漢。漢の中の漢。決して転がることはな……。
「ガッシャンッ!」
突然、直前を走るエリンギがこけた。
「うわあああああぁぁぁぁぁ!」
巻添いを食った俺は落車して、なす術もなくバンクを転がった。
「エリンギ、貴様―っ!」
「いやー、お互い、ツイてなかったなぁ」
「貴様、貴様、またしても……」
「……ところで、お前、転がらないんじゃなかったっけ?」
「……か、身体でバンクの感触を確かめただけだ!」
30歳。俺にも息子ができた。
夏休みに訪れた海水浴場。
砂山があり、尻の下にシートを引くと滑って遊ぶことができた。
俺は、恐がる幼い息子の手を引いて、砂山を上っていた。
「恐がることはないぞー。父ちゃんが手本を見せるから、後から付いてこい」
そう、俺は見ての通りのマッシュルーム。
だが、俺は漢。漢の中の漢。決して転がることはな……。
「ひゅるるるるるるるるるーーーーーー! パーーーンッ!」
突如、何かが飛んできて俺の体で炸裂した。
「うわあああああぁぁぁぁぁ!」
なす術もなく坂を転がり落ちる俺。
「命中―――! あれっ? なんだ、獲物かと思ったらマッシュルームか」
聞きなれたその声は、紛れもなくエリンギだった。
「何しとんじゃ、コリャーーーーー!」
「いやぁ、鉄パイプにロケット花火入れて撃ってたんだけど、動く的を狙いたくなって……」
「あ、危ねーだろーがっ!」
「……ところで、お前、転がらないんじゃなかったっけ?」
「……もう、いい……」
「へっ?」
「もういいっ、ちゅーとんじゃーーーーーっ!」
俺は、エリンギから鉄パイプとロケット花火の束を奪うと、至近距離から撃ちまくった。
「ちょ、ちょっと待て。おい、転がらないんじゃ?」
「うるせーわっ! こんちくしょーっ!」
俺は、逃げ惑うエリンギを追いかけて、どこまでも海岸線を駆けて行った。
作品名:マッシュルームは転がらない。 作家名:でんでろ3