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観覧車

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僕は、ものごころ付いた時には、観覧車でした。
 お父さんたちお母さんたちと手をつながれた子供たち、初々しいカップルの皆さん、それから見ていると癒される老夫婦の皆さんが僕のゴンドラに乗って、遠くエフ市街、エフ湖や北方東方の山々を展望しては、「すごい、すごい」と歓声を上げてくれました。
 何回回ったかは、さすがに数えていません。ただ、三十年もの間回ってきたのは解っています。
 おかげさまで、「子供の頃に来た」というカップルや、「付き合っている時に来た」という子連れのご夫婦の言葉も、たくさん耳にすることもできました。本当に、来てくれる皆さんの歓声と、スタッフの皆さんの丁寧な手入れが支え続けてくれたおかげです。

 ただ、僕たちの遊園地の人気が衰えてきているのは、ぼんやりと……そしてここ数年ははっきりと、僕にも解っていました。
 さみしさからひねくれて、僕は、僕を手入れしてくれるオーさんにこう言ったことがあります。
「みんながすごいすごいと言ってくれるから回ってきたけれど、僕にとってはすっかり見飽きた景色です。僕は、あの山の向こうに何があるのか転がって見に行きたいので、シャフトを外してくれませんか?」
「ヤケになっちゃいけないよ」
 やさしいオーさんは、僕の気持ちを察してくれて言いました。
「お客さんが減ったのは、お前たちが悪いんじゃない。世の中のほうに、いろいろな事情があるだけだよ」
 そう励ましてくれたのを、今でも覚えています。

 結局、遊園地は閉鎖されてしまいました。
 スタッフの皆さんも一生懸命頑張ってくれたようですが、僕を励ましてくれたオーさんを含めて、今どうしているのか判りません。
 僕は今、くず鉄になって、国道を走るトラックの荷台にいます。夜を迎えると輝く川に見えたその国道から、「あのあたりに僕があったんだなあ」と思いながら宙空を見つめているところです。
 この国道が「あの山」まで続いて、トンネルをくぐっていくのは知っています。
 さようなら、エフ市の皆さん。
 さようなら、僕が運んで、楽しんでくれた大勢の皆さん。
 たくさんの歓声を、思い出を、本当にありがとうございました。
 さようなら……。

【完】
作品名:観覧車 作家名:Dewdrop