truth
そこが、男の指定席。いつ来ても確実に座れるように、他の誰にも座られないように、いつもは花を置いてある。
「……たまに小学生レベルの葬式ごっこみたいな錯覚を覚えるんだが」
「最近はサボテンの鉢植えにしたじゃない。あなたにそっくり」
カウンターの中で真理がころころと笑う。
グラスの中の氷を鳴らしながら、短い髪をワックスで立たせたヘアスタイルの男はふんと顔を背けた。
バー「truth」には五人掛けのカウンターとボックス席が三つ。
小振りな店だが間接照明がやわらかい灯りを投げかけ、邪魔にならないBGMがゆったりと流れている。
今日は開店すぐに男がやって来て鉢植えを退け、ゆっくりしているところへ新規の二人組が「truth」のドアを開けた。
サボテンの男しかいないのに、座ったのは敢えての一番奥ボックス。
真理がカウンターから出てオーダーを受ける。水割りを頼んだものの、真理は席に付かなくて良いと言う。
「あら、そうですかぁ? 追加オーダーあったらすぐに仰ってくださいねぇ」
カウンターに戻り、アイスペールに氷を詰めながら真理は困ったようにサボテンの男を見遣った。男は肩をすくめて煙草に火を点ける。
酒の用意を持って行って暫くしてから、何やらの商談が始まった。
ああ、だから自分を遠ざけたのか、と真理は得心して、カウンターで雑事をこなし始める。
サボテンは独りを楽しんでおり、店の中はクラシックのジャズアレンジと微かな話し声だけが流れている。
サボテンがグラスを無造作に弄んでいると、胸元が震えた。携帯電話の着信を認めると、くわえ煙草のまま店を出た。
その間に真理はグラスを引き取って新しいものを作り直す。
ボックスの客がアイスを頼んだのと、サボテンが店に戻ってきたのはほぼ同時だった。
しかしサボテンはそのままカウンターに戻らず、真理の用意したアイスペールを奪ってボックス席へ向かう。真理も慌ててカウンターから出る。
対面の男が異常事態に気付いて動こうとする前に正確なストロークで顔面にアイスペールがヒットし、遅れて何事かと振り向こうとした男のこめかみに銃口が押し付けられた。
鼻血を流して気絶している男の懐をまさぐって白い粉を見つけ出した真理は、とどめとばかりにこちらに無警戒だった男に向かってピンヒールの回し蹴りを見舞った。
サボテンが麻薬の売人と客を引きずって行ってから数時間。閉店準備も終わる朝方に、だらしないスーツ姿をした壮年の男がやってきた。
「よぉ、真理ちゃん。モーニング、やってる?」
「コーヒーだけなら」
愛想良く微笑んで、二人分のコーヒーを淹れる。
「今日はお手柄。真理ちゃんの愛の鞭の跡が胸元にめり込んでるらしいぜ」
ずず、と背中を丸めてコーヒーを啜ってから男は笑った。
「あら、手加減したつもりなのに」
「足加減を忘れたんだろ」
「試してみるぅ?」
にこにことカウンターに肘をついているが、目が笑っていなかった。
「すまん、俺が悪かった」
寝癖と白髪が程良くブレンドされた頭をかいて男が真剣に謝る。
「年寄りは早寝早起きだからな、今から調べ交代してくらあ」
男が席を立つと、真理が一抱えの包みを差し出した。
「はい、朝ごはん。相棒と二人分よ」
中からパンのいい匂いがする。おそらく食べやすいサンドイッチだろう。
「いつもすまねぇな」
「相棒に言っといてね、うちの店で張り込みするのはいいけど、たまには仕事抜きで呑みに来いって。いつも烏龍茶じゃコストパフォーマンス悪すぎて、うち、潰れちゃうわ」
「……よし、上に掛け合って経費回すとするか」
出来もしないことを口にして、男はよれたコートを翻した。
ドアの向こうは、まだ朝靄の中だった。
【裏リハビリ】「truthの真実。」
「あら、いらっしゃい」
「……おらよ、ごっそさん。容器はいつも使い捨てにしろっつってんのに」
「使い捨てなんか勿体無いじゃない。エコよエコ」
「おやっさんとグルんなって、俺をここに来させる魂胆か」
「考えすぎよ。今日は? オフなんでしょ?」
「おう」
「じゃあ今日はしっかり呑んで行ってね」
「……おい」
「何?」
「新しいボトル下ろさなくても、まだ半分残ってた筈だ」
「もうないわよ?」
「は?」
「腐ったら勿体無いからお客さんと呑むときに貰ってたらなくなっちゃった」
「……客のボトル勝手に空にしてんじゃねぇよ」
「空にされたくなかったらもっとちゃんと来なさいよ」
「……サダミチ」
「う」
「ここの客はどれくらい真理ちゃんの秘密を知ってるのかねぇ」
「うう」
「若くて美人なママの秘密……バレたら客足に影響するか。しないよなぁ、若くて優しくて美人だし」
「ううう」
「ボトル一本でチャラにしてやろう」
「……刑事が一般人に脅しかけてんじゃないわよー!」