ハッピーエンド
見慣れた景色、見慣れた人混み。
渋谷駅の改札前。敢えてハチ公像の前を待ち合わせにしないのは、改札を出てからの少しの距離でも一緒に歩きたいから。
大好きな貴方が、改札越しに目に映る。
嬉しさと緊張と、そんな気持ちを必死で隠しながら、私はいつも視線を逸らす。わざと街ゆく人を眺めながら、貴方の方から気付いて声を掛けてくれることを待っている。
(相変わらず女々しいね、私だって男なのにさ)
彼氏を待つ彼女は、きっと今みたいに幸せなのだろう。
いや、きっと今より、素直に幸せを感じられるのだろう。
「さくら」
「柊さん、おはよう」
寝起きなのだろう。きっと、急いで支度をしてきたのだろう。
掠れた低い声に、寝癖がちょっぴり付いた髪。セットと言われればそこまで気にならない程度ではあるが、大人びた顔立ちとは裏腹に、貴方がそう言うことには無頓着であることを私は知っている。
「ね、今日はどこに」
「あのさ、話があるんだ」
私の声が遮られた。
こんなことは、初めてだった。
胸がざわつく。貴方の目が、真っ直ぐに私を見ているのに。
「あのね、俺、結婚する。幼馴染の美香と。大事な事だからさくらには一番に話そうと思って。それでさ、美香、仕事柄よく海外に出張するんだよ。今度はブラジルの子供たちに、ボランティアで勉強を教えに行くんだって」
話が全く入って来なかった。
けっこん、けっこんってなに?
貴方が誰かと暮らすこと、貴方が誰かを愛すること、貴方が誰かと家族になること。
私と貴方は恋人ではない。
同性の壁が、いつの目の前に立ち塞がっていて。
これは私の力ではどうにもならないくらい、厚くて堅いものなのだ。
それでも、今まで通り、友達としてでも会えればいい。
貴方の笑顔が見られるなら、それでいい。
そう願ってしまったのが、いけなかった。
「美香と、海外に移住するんだ。だから、もう会えなくなる」
「え…」
どうして些細な願いすら、神様は叶えてくれないんだろう。
貴方に、もう会えなくなる。
貴方が私の知らない遠くの世界へ行き、私の知らない生活を営み、人を愛し、知らないうちに死んでしまうというのか。
きっと貴方が死ぬ頃、貴方の頭の中に私はいないだろう。
別に、君のままでいいじゃん?
あれは高校生の頃だった。
私は人付き合いが苦手で、いつも花と一緒だった。学校の花壇の手入れを進んでやり、それが学校に来ている理由にもなっていた。
しかしある時に、私の世話する花を全て引き抜かれてしまった。私をよく女々しいと罵倒した同級生の仕業だった。
どうして、自分らしくいることがこんなに苦しいのか。
私には分からなかった。
寂しかった。
でもそんな時、同級生に構わず私に声をかけてくれたのが貴方だった。
ありきたりな出会いかもしれない。よく漫画やテレビでありそうな、些細なものかもしれない。私にとっては人生が変わった、大きな大きな出会いだったのだけれど。
気が付けば、私の横に花ではなく、貴方がいるようになった。
苦手だと言う貴方を無理に説得して、電話もした。
それから一緒に遊ぶようにもなった。
私の一番近くに、貴方はいてくれたのに。
「泣かないんだね」
ふと、貴方の大きい手が私の髪を撫でる。
顔を見上げるとほっとしたような顔で、いつものように微笑んだ。
全く、人がこんなに想いを馳せているのに。
相変わらず鈍いし、暢気なんだから。
でも、そこも大好きよ。
本当に本当に、貴方が大好きだったのに。
どうして恋というものは、
こんなに美しくて、痛々しくて、苦しいものなのでしょうね。
貴方のハッピーエンド、私は願えない。
ごめんね。
「私も、言うことがあるよ」
貴方を、愛していました。
さようなら、柊さん。