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御手紙 葉
御手紙 葉
novelistID. 61622
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映画館の邂逅

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 僕はシアターのチケット売り場に並びながら、どれを観ようか悩んでいた。やはり、今話題のアクション映画を選ぶべきだろうか。だがもっと、他に空いててゆったりと見れるものがあるといいのだが、と一通りポスターを見比べながら選んでいたが、そうしているうちに自分の番が回って来てしまった。
 よし、ここは一番当たり外れのない話題作を選ぶとするか、と僕はチケット売り場の女性にその映画の名前を告げた。すると、彼女は少し困ったように微笑んで、大変申し訳ございません、と言った。
「たった今、チケットが完売となってしまいました。立ち見になりますが、よろしいですか?」
 僕は慌てて他の映画を探そうとするが、そこで彼女は、「あの、良かったら……」と身を乗り出してつぶやいた。彼女はその映画の小さなパンフレットを差し出してきて、優しげな笑みを浮かべると、囁くように言った。
「この映画なら、それほど混んでいませんし、ゆったりと楽しむことができますよ。……いかがでしょうか?」
「だったら、こっちの方が良さそうですね。……それで、お願いします」
 僕は促されるままにそう言ったが、彼女は一つうなずき、どの席に致しましょう、とその一覧を見せてきた。僕はそうしてチケットを発行してもらい、シアターの前へと進んだ。何気なくパンフレットを見て本当に面白そうだな、と期待がふつふつと湧き上がってくるのを感じたのだ。それにしてもあの人はよく、僕が観たいと思う映画を言い当てたもんだな、と不思議に思いつつも、シアターに入った。
 映画が始まると、僕はすぐに深い深い湖の底へと沈んでいった。そこから見える景色は、まるで深海の神殿のようで、とてもミステリアスで安らぎに満ちていて、そして斬新だった。僕は時を忘れて、がらがらに空いた座席の片隅で、スクリーンを見つめ続けた。そうしてあっという間に映画の一時が流れていき、ようやく辺りが明るくなると、僕は我に返った。
 すごく良かった、と僕はパンフレットを改めて見ていたが、通路を進んでチケット売り場の前を通りかかって、彼女がまだ客の応対をしていた。すると、彼女がこちらに気付き、軽く会釈してくる。僕は大きく頭を下げ、そしてどこか心地良い感傷に浸りながら、映画館を後にした。
 あの人に勧められた映画を見て、正解だったな。映画にこんなにのめり込んだのは、いつ以来だろう、と思いながら、熱が冷めない頭で電車に乗り、そのまま自宅のマンションへと帰った。

 *

 僕はその日の夜、マンションの自室で改めて買ってきたパンフレットを読みながら、その映画に想いを馳せたのだ。本当に――本当に、面白い映画だった。その雰囲気が僕の求めていたものに通じていたのだ。それは美術館の隠れた片隅に、驚くほど綺麗な絵画を見つけた時のような、心の底にふつふつと湧き上がる感動があったのだ。
 僕はページを捲りながら、またあの映画館に行こうかな、と考えていた。あの女性にお薦めを聞いてみるのもいいかもしれない。次はどんなものを観たいだろうか、と考えながらソファで寝転がっていると、休日が本当に楽しいものに思えてきて、一層嬉しくなるのだった。

 次の休みの日にも、映画館へと足を運んだ。この間と同じ夕方の時間だった。彼女はその日も小奇麗な制服に身を包んで、チケットを売っていた。黒いショートカットの髪は彼女の頭を一層小さく見せているようで、その表情は活き活きとしていた。好きなドラマを永遠と語り続ける若い女性、と言ったところだった。
 僕は列の後ろの方に並びながら、ポスターを見て考えていたが、これと言って観たいと思えるものがなかった。どれも大衆向けと言うか、僕が本当に求めているような、心に響くストーリーはないような気がしたのだ。
 少し迷いながら順番を待って、彼女と話す機会ができると、僕は「この間はありがとうございました」と言った。すると、彼女はぱっと笑みを見せて、先週にいらしたお客様ですね、と明るく語った。
「覚えているんですか?」
「もちろん、ですよ。映画のことなら、何でも覚えていますから」
 彼女はそう言って、くすくすと笑ったのだ。こんな話し方をするチケット売り場の女の子がいるのか、と僕は少し、驚いてしまった。でも、すぐに映画のことを聞いてみたくなり、そっと問い質してみた。
「また、心に染み渡るような作品はありますか?」
 彼女は少し考えていたが、やがて小首を傾げながら言った。
「どれもスリリングなもので、お薦めですが、本当にゆったりと見れるものはないですね。あまり大きな声では言えないのですが、」
 彼女は声を潜めて、それについて語った。
「え……ショッピングモールの中の、映画館?」
「はい。そこでやっている恋愛映画が、ひっそりと響くピアノのように、美しいんですよ」
 彼女はそのシーンを思い出しているのか、どこかぼんやりとした顔を見せた。僕は他の映画館を紹介されるとは思っていなかったので、言葉を失ってしまったが、やがてふっと笑ってうなずいた。
「わかりました。……チェックしてみますね」
 今日はこれを観ます、とその時代映画のチケットを買ったのだった。彼女は顔から笑みが弾けるほどに嬉しそうな表情を見せて、僕もどこか心地良い感傷に浸りながら、シアターへと向かった。
 彼女の言った通り、その時代映画はある意味スリリングで思わずかじりついて見てしまったが、終わった後に、僕が求めているものとは少し違う気がしたのだ。いや、映画は最高に面白かったのだが、それとは別のラインの上で、素晴らしい映画がまだあるような気がしたのだ。
 そんな理由のない予感を抱いたまま僕はシアターを出て、再び彼女に礼をして、心地良い脱力感に浸りながら建物から出た。駅前でごった返している人々の波が、渦巻く数々のドラマのように思えてきて、僕は非日常の中にいるような感傷を抱きながら電車に乗った。
 窓に映る自分の微かな笑顔を見つめながら、僕はその恋愛映画のことで頭がいっぱいになっていた。来週に訪れるのが、本当に楽しみだった。彼女に感想を話すのも、教室で同じ話題で盛り上がる学生のお喋りのようで、ちょっぴりくすぐったくもあり、そして嬉しかった。
作品名:映画館の邂逅 作家名:御手紙 葉