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落語「穴」

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 さて味も 変わらぬものと 保名言い
 なんてことを申しますが、この保名てえ人は、安倍清明のお父上だったそうですナ。あるとき葛の葉という白ぎつねと恋仲になりまして、毎夜せっせと子作りにはげみます。で、結果として童子丸すなわち後の安倍清明さんがお生まれんなるわけですが、この保名という人がおっしゃるには、人間の娘も、きつねの娘も、交合なさるときの快楽てえのは、あまり変わりがないようでございますナ。
 大同小異 巾着と蛸の味
 生けとし生けるものは、きつねだろうが、たぬきだろうが、みなそういうことをなさるわけで、これはまあ、かのダーウィン先生も「種の起源」のなかでおっしゃってることなんですが……。

 えー、あるところにたぬきの兄弟がおりまして。こいつがサカってるうえに大変な性悪ダヌキでして、巣穴の近くを旅人なんぞが通りかかるてえと、化かして有り金すっかり巻きあげちまう。その銭で、いっちょう前に夜鷹なんぞ買ってやがるんですから、盗人猛々しいと申しましょうか。
 そのうちに口がおごってくるのか、こんなことを言い出しまして。
「なあ長助アニキ、そろそろ夜鷹の婆ァ買うのにも飽いてきたな」
「そうさな、じゃあ次はちょいと奮発して、神明の水茶屋あたりへ繰り出してみようか」
「蹴ころでも抱こうってえのかい」
「おうよ」
「それはいいけど、夜鷹なら二十四文で済むところを、蹴ころてえのはその四、五倍もおあしを取るらしいじゃないか」
 茶代が六文 惚れ代九十文
 と申しまして、芝神明あたりの水茶屋ともなりますと、茶屋女を抱くのにも百文くらいは必要だったと言われております。
 すると長助だぬき、
「ばかやろう、こちとらたぬき様でい、いざとなりゃ葉っぱの銭でもつかませてドロンすりゃいいだけの話じゃねえか」
「まあ、そりゃそうだ。さすがは長助アニキ」
「きつね七化け、たぬき八化けってな。ひとつ化けだぬきの気概ってもんを見せてやろうじゃねえか」
 てんで、二匹してさっそく商家の手代風に化けまして。一応ふところには木の葉を百枚ばかり隠し持って「いざ鎌倉」とばかり、勇んで芝神明へと繰り出してゆきました。
 芝で生まれて 神田で育つ
 芝神明ってところは、関東のお伊勢様なんて言われて、たいへん賑わっていたそうですナ。
「へえ、こいつあ豪興なもんだねい」
 感心してあたりをキョロキョロ見まわしておりますと、いかにもお上りさん風に見えたのか、こいつあカモだてんで「寄りなんせ、寄りなんせ」と客引きのやり手婆ァどもが集まってくる。で、あれよあれよと言う間に兄弟生き別れ、着物のたもとを引っ張られて、別々の茶屋へと連れてゆかれます。
 まあ、客引きのいる店がろくなもんじゃないのは、現代といっしょですナ。格子の向こうでは、こってりと白粉を塗りたくった妖怪変化みたいのが手ぐすね引いて待っておりますものですから、長助だぬき泡を食って、
「こいつあいけねえ」
 婆ァの手を振りほどくと、近くにあった傾城屋へ飛び込みました。
 さて、この傾城屋というのが、長助だぬきは知らなかったようですが、じつは陰間茶屋でありまして。
「おいでなんし」
 と通された揚げ屋には、どういうわけか若衆すがたの美人。はて、と首をひねりつつも、そこは弟より人生経験と申しましょうか、たぬき生経験が豊富なわけで、江戸の通人ってのは、あんがいこういうものを好むのかもしれないと、ひとり合点をいたしまして。そうすると今度は、この若衆すがたが返って色っぽく思えてしかたがない。畜生のあさましさよ、さっそく背中から抱きついて腰をかくつかせますと、店の主人がなにやら香炉に線香を一本立てて来ましてナ。若衆が身をよじりながら、
「早う、なさらぬと、香が消えますえ」
「なにっ、香が燃えてる間に済ませなくちゃならねえのか」
 あわてた長助、えいっとおのれの逸物を取り出し、若衆のはかまのすそから手を突っ込みますが、いくら探っても入れる穴の見当がつかない。そうこうするうちに香がとうとう燃え尽きまして。
「ええい、お直しじゃ」
 直しというのは現代で言うところの延長料金でありまして、すかさず主人が揉み手しながらやってきて、線香をもう一本立てるわけであります。さて長助、今度こそはと気を取りなおしゴソゴソと手を這わせておりますと、本来穴のあるはずの場所にに、なぜか、ふぐり……。
「ふぐりだあ? いけねっ、こんちくしょう、陰間だったのか」
 ようやく気づいたんですが、今さら後のまつり、かくなるうえは葉っぱの銭ィ払って、さっさと他所へ移ろうてんで、
「おうい、お茶引きだァ」
「ありがとうぞんじます。それでは、お直しがありましたので、しめて二分いただきます」
「に、に、二分だあ?」
 二分てえのは一両の半分でございますから、陰間てえのはえらく儲かる商売だったんですナ。まさか鳥目で払うわけにもいかず、長助だぬき、木の葉を一分銀へ変えようと苦心するんですが、悲しいかな実物を見たことがない。しょうがないてんで、まあ、銀色で穴さえ空いてなけりゃごまかせるだろうとたかをくくり、
「おらよ、勘定だ」
「なんだこりゃ、まあるい一分銀なんて初めて見たぞ。おい手前ェ、ふざけてやがると簀巻きにして川んなか叩っこむぞっ」
 店の用心棒にさんざ脅されまして、とうとう化けの皮ァはがされちまいまいた。
「なんだ、たぬきじゃねえか。やいこら、たぬきのくせに陰間ァ買おうたあ、どういう了見でい。しかも葉っぱの銭ときたもんだ」
「あいすいません……」
 これには、さすがの長助だぬきもしゅんとなって、
「穴があったら入りたい」
作品名:落語「穴」 作家名:Joe le 卓司