紫陽花
[男]
軈(やが)て砂嵐のような雨音に雑じり、どこともなく怒声が響く
隣接して、複数設けられる取調室は防音が十分とはいえない
勿論、意図的にだ
筒抜けの声が、物音が、取り調べ対象者を否応なしに窮追するのだ
だが、この男は違う
古手刑事は、自分の肩越しに取り調べ対象者である男を盗み見る
事務机を挟んで若手刑事と向かい合い座る、この男は恬として静かだ
古手刑事は、現場にいの一番に駆け付けた警察官の言葉を思い出す
男は、抵抗もせず確保された
通報を受け現場に到着した警察官は初め、容疑者を確認出来なかった
遠巻きにあがる、悲鳴の中
この男は屈み込み、女学生を抱き抱えていた
その様子は介抱しているようにも、それを諦観しているようにも見えた
「それ」
「それ」ってなんだ
聞き返す古手刑事に警察官は、小さく答える
『死、です』
男は死にゆく女学生の顔を、忘我の表情で眺めていた
そして、今も
取調室のパイプ椅子に腰掛けながら、男は同じ表情を浮かべている
うっとりしている
心を奪われている、女学生に
呆れる
歳を考えろ
見て呉れを考えろ
無骨な小男だ
熊のようにのっそり歩く、才のない小男だ