紫陽花
[女学生]
山の斜面を削り
段上に建てられた開発間もない、新興住宅地
外観も間取りも然程、差異ない住宅街は色取り取りの屋根や壁で
各各の家の区別を付けているのだろうか
庭木や芝の深緑色が映える
多彩な街並みは、絵葉書の中の景色のように見える
梅雨の晴れ間
瑞瑞しい初夏の陽射しが、雨の代わりに道路に降りそそぐ
足元の水溜りに、紫みを帯びる紺瑠璃の空が広がる
『いってきます』
覗き込む水溜りに、映る
空を貼りつけたような、青い家から飛び出す女学生が
後ろ手に、白い門扉を閉める
思わず、空を踏み付ける
水風船が弾ける、散らかるような音に女学生が振り向く
制服の、灰汁色の吊りスカートの襞(ひだ)が舞う
射す白い光束が、白いブラウスの下の輪郭を清かにする
ああ、と 驚嘆した瞬間
目の前の画像が緩やかに流れていく
飛沫の、一粒一粒を明視する事が出来る進度の中
その一粒がなよやかそうな女学生の頬に、当たった
女学生が笑う
はにかみ、あどけなく笑う
その、透き通る無垢な眩しさに目を細める
---なんて清らかなんだ
---愛の言葉が分からなくとも
愛を語らうのなら、こんな娘がいい
佇立する男の足元
律動的に波紋を描く水面に、自身の姿が映り込む
草臥(くだび)れ、所所すり切れた季節外れの長袖の上着を纏う
骨骨(こちごち)し猫背の男
勢いよく、男を踏み潰す
散り散りになる、その姿を見下ろし上着の懐に腕を入れる
何故、「それ」を持っているのか
何故、「それ」だけを持っているのか
男には分からない
緩緩と上着の懐から腕を引き出す男の手元が、光る
キラキラと女学生の目を射る、光
そうして男は手にした刃物を女学生の胸へと、突き立てた