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われらの! ライダー!(第三部)

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「ちぇっ、またやっちまったか……娘さん、警察と救急車を呼んでもらえないか?」
「警察?……それより逃げてください!」
 志のぶが叫ぶが、大男は椅子にどっかりと腰を下ろした。
「そうも行かねぇんだよ、肘くらいなら俺もずらかるけど、今のパンチでそいつの首はいかれちまったはずだ、ひょっとすると障害が残るかも知れねぇ」
「でも、元はといえば……そう、正当防衛、正当防衛ですよ! 刀を振り回してたんですから!」
「いや、肘までなら正当防衛だけどよ、首までやっちまうと過剰防衛だな」
「そんな……」
「俺はこんなことを何度もやっちまってるんだ、その度に刑務所さ、前科者にゃ情状酌量もねぇしな」
「あなたは一体……」
「俺かい? 俺は流れ者よ……なんてな、そんな格好いいもんじゃねぇ、ガキの頃から喧嘩早くって、何度も警察のお世話になってる乱暴者さ、今度もやっとのことでトラックの仕事を見つけたんだが、それもこれでアウトだな、刑務所から出たらまた職探しさ、つくづくバカだと思うぜ」
「でも……あ、あたし、証言します、だって悪いのは……」
「ありがとう……でもな、仕方ないんだ、やっちまったことには責任を取らなきゃな」
 
 その時、パトカーのサイレンが遠くから聞こえてきた……。

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 『坊ちゃん』の怪我は、大男が言ったとおり頚椎損傷、おそらくは一生車椅子から立ち上がれないだろうということだった。
 怒り狂った『庄屋』はゴロツキを使って目撃者にも圧力をかけた。
 その結果、証言をしたのは志のぶ一人、店の者はすっかり口をつぐんでしまった。
 テーブルや床に付いた傷という証拠はあったものの、庄屋に裏金をつかまされた国選弁護士は熱心には働かず、過剰防衛ということで裁判は結審した。
 
 裁判の期間中、志のぶは毎日のように面会に行って大男と話した。
 
 彼の名は納谷剛、三十一歳、まだ高校生だった頃、袋叩きに会っていたホームレスを庇って最初の傷害事件を起こし、これまでに五回、都合十年の刑を言い渡されていた。
 もっとも、刑務所の中では常に模範囚だったので、実際の服役は六年ほどだったが。
 そして、当然のことながらその都度職を転々としていて、志のぶの件の数ヶ月前にやっとトラックの仕事を見つけたばかりだった。
 強すぎる正義感と並外れた腕力、そして天性の格闘センス、それが彼の前科を積み上げしまっていたのだ。

 面会を重ねるうちに、志のぶは剛に強く惹かれて行った。
 確かに彼には前科がいくつもあるかもしれないが、悪い人なんかでは決してない、理不尽な暴力を許さない正義感、虐げられる弱者への優しさ、それが罪になるなら法律のほうが間違っている……。

「今度、刑務所から出たら、あたしを妻にして下さい!」
 刑が確定し、刑務所に送られるという前日、志のぶは剛の目をまっすぐに見つめてそう言った。
 剛はしばらく真顔で志のぶを見つめていたが、ふっと笑い、こう言った。
「バカ言ってるんじゃないよ、俺は世の中のはみ出しモンだ、あんた、美人だし肝も据わってる、頭も良いし優しい娘だ、ふさわしい男を見つけて幸せになりな」
 そして、しばらくの沈黙の後、志のぶが一筋こぼした涙を見て、こうも言った。
「ありがとう……俺も涙が出そうだよ、へっ、俺らしくもないな……でも、本当に俺のことなんか忘れちまいな、俺はそう言ってもらえただけで充分だよ……じゃあな、毎日のように面会に来てくれてありがとうよ、いつも待ち遠しかったぜ、それじゃ……元気でな……」
 そう言うなり背を向けて行ってしまった……。

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「何をバカなことを言っているんだ、前科六犯の男だぞ、いかに恩人だと言っても結婚など許せるはずがないだろう!」
「そうですよ、あなたはまだ二十二、若気の至りで苦労させたくないわ」
 
 それから一年余り、面会に通う内に二人と懇意となった警官から、剛が直に仮出所するという情報を貰った。
 
 この一年、じっくりと考えても志のぶの気持ちは変わらない。
 彼には側にいる人が必要だ、そしてそれが自分ならば……。
 
 東京に行って、彼の側にいたい、彼さえ良ければ結婚もしたい、と両親に打ち明けた時、猛反対された……もっともと言えばもっともなのだが、本当の彼を知っていれば、彼を理解できれば何の不思議もないとは思うのだが……。
 
 唯一志のぶの気持ちを理解してくれたのは、大好きな祖母だった。
「父さんと母さんを恨んじゃいけないよ、お前のためを思って反対しているんだからね、でもね、お前の人生はお前のものだよ、お前は浮ついた気持ちでよく考えもしないで行動する娘じゃない、それはあたしが良く知っているよ、お前が一年考えて考えて、それでも彼の元へ行きたいと願うのなら、その通りにおし……父さんと母さんにはあたしが上手く話しておいてあげるからね」
 そう言って背中を押してくれて、『すぐに仕事が見つかることもないだろうから』と当面の生活費も包んでくれた。

「ありがとう、お祖母ちゃん、あたし、やっぱり東京へ行く、彼の元へ」
「そうかい、よっぽど好きなんだね、そんな一途な恋って誰もが出来るものじゃないよ、お前はそれを見つけられたんだから幸せ者だよ……ま、あたしも見つけたけどね、テヘッ」
 そう言ってペロリと舌を出し、ウインクをひとつ……。

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 志のぶは口紅を塗り直している。
 買ったばかりの落ち着いた紅色。

 それは昨日までの世間知らずな自分に決別する儀式。
 今日からは自分の行動に責任を持てる大人の女へと変わらなければ……。
 
 小さな地方空港の出発ロビー。
 羽田への便はこの一本だけ。
 足元にはボストンバッグがひとつ。

 昨日までのピンクの口紅は捨ててしまおう。
 昨日までの自分に未練はないのだから。

 かけおち?
 違う、押しかけ女房。

 彼がそれを受け入れてくれるかどうかはわからない。
 でも、簡単に引き下がるつもりもない。

 彼との暮らし……もし、彼が首を縦に振ってくれたらだが……それが楽なものではないことはわかっている。
 彼は、明日刑務所から出てくるのだから。

 でも、自分の気持ちが揺らぐ事はない、それだけは確かなこと。

 搭乗開始のアナウンスが響いた。

 志のぶはボストンバッグひとつを手にして搭乗ゲートをくぐる。
 そこは昨日までの自分にサヨナラする境界線。
 もう引き返すことは出来ないし、引き返すつもりもない。

 彼と共に行きて行こうと、強く心に決めたのだから……。

 

        (『搭乗ゲート』 終)