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circulation【4話】緑の丘

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「……わかったよ! もう勝手にしろ!!」
 吐き捨てるような台詞と同時に、スカイが私を突き飛ばす。
 基地のほとんどを支えていた巨木に、小さな背を打ち付けられる。
 痛みは感じなかった。
 けれど、スカイに突き放されたことが衝撃だった。
 足元が崩れて行くような、そんな感覚。
 それが感覚的なものではなく、現実の物だと気付いたのは、地鳴りが聞こえてからだった。

 元々土砂崩れの跡にあったからか、この雨でぬかるんだ地面は、今、また崩れようとしていた。
 ズズズズズ……と何かを引き摺るような、低い振動が足元を包み込む。
 ゆっくりと、けれど私達を押し潰すには十分な早さで、
 基地を支えていた巨木がその身を滑らせる。

「スカイ君、危ないっっ!!」
 状況が飲み込めずオロオロと辺りを見回す青い髪の少年を、潰れかけた基地の出口めがけて力いっぱい突き飛ばす。
 衝撃に、こちらを見るそのラベンダー色の瞳が大きく見開かれる。
 違うよ、スカイ君。
 突き飛ばされたお返しに、突き飛ばしたとかじゃないんだから。
 我ながら、場違いな言い訳に思わず笑みが浮かぶ。
 青い髪をなびかせて遠ざかるその少年が、基地の外へ倒れこむのを見届けるよりほんの少し早く、私の視界は木の葉と土砂に埋め尽くされた。

 一際大きな地響き。
 巨木が地面にめり込んで防波堤にでもなったのか、土の流れが止まる。
「ラズ! ラズ!!!」
 遠くか近くかよくわからないところから、スカイの声が聞こえる。
 返事をしようにも、私は指一本動かせなかった。
 息も吸えない。
 吐くことも出来ない。
 ああ、生き埋めってこういう事か……と納得した途端、頭上の土が取り除かれた。
「ラズっ!!」
 スカイ君。と返事をしようとするのだが、まだ体が挟まれているせいか息が吸えない。
 スカイが物凄い勢いで私の周囲の土砂を取り除いてゆく。
 その、怒ったような怖い顔が、なぜだか今にも泣き出してしまいそうに見えて、私はハラハラしながら見上げていた。
 スッと。酸素が肺に送り込まれる。
 背中に乗っていた大きな岩を、スカイがどけた瞬間だった。
「あっ……!!!!」
 途端に、今までただ重くて冷たいだけだった体中から痛みを感じる。
 どっと溢れる脂汗。
 先程までとは違う涙が目の端から滲んでくる。
 スカイ君は?
 スカイ君はどこも怪我をしてないんだろうか。
 痛みにぎゅっと閉じてしまった目を、なんとかこじ開ける。
 目前にスカイの顔。
 心配そうにこちらを覗き込む、その青い髪が、血に赤く染まっている。
「スカイ君……その、頭……」
「ん?」
 スカイが、泥にまみれた手の甲でこめかみの辺りを拭う。
「なんか痛いと思ってたけど、血出てたのか。
 こけた拍子にぶつけたみたいだな」
 それを聞いた途端、サアッと血の気が引く。
 スカイがこけたのは、私が突き飛ばしたからだ。
 鮮血は、今もスカイの顎をつたい、ポタポタと地面に痕を残している。

 私の……私の、せいで、スカイ君まで死んじゃったら……。

 最悪の想像は簡単にできた。
 スカイ君が死んでしまったら、フローラおばさんも、デュナお姉ちゃんも、すごく、すごく泣くだろう。

 お母さんが死んだとき、お父さんの涙をはじめて見た。
 お父さんは、何があっても泣いたりしないんだと思ってた。
 クエストで、あちこち怪我したり、骨を折ったりすることがあっても、お父さんはいつも苦笑いだった。
 痛そうにしても、泣いたりしなかったのに……。

 あの時、お父さんはお母さんの冷たい体を抱えて泣いてた。
 叫ぶみたいに泣いて、それから、私をすごく悲しそうな目で見た。

 悲しい人を増やしてしまう。
 私のせいで。また。

「スカイ、君、じっとしてて……」
 左手はまだ引き抜けない。
 力を入れようとすると、余計に全身がミシミシと嫌な音を立てた。
 動かせる右腕を、なんとかスカイへ伸ばす。
 大丈夫。片手でもできるはず。
 お母さんが言ってたから。
 治癒術が使えない人なんて、この世にいないって言ってたから。

「このくらい大した事ねーよ、それよりお前は……」
 また土を掘ろうと移動しかけたスカイを必死で止める。
「行か……ないで……」
 言葉を口にする度に、何かが上がってきそうになる。
 息をする度に、肺がごぽごぽと嫌な音を立てた。
 自分の体がどうなっているのかは分からなかったけれど、今、ちょっとでも気を抜いたら、きっと気を失ってしまう。それだけは分かっていた。

 母が父に唱えていた通りの祝詞を口にする。
「お前、治癒術が出来るのか!? まだ職にも就いてないのに!?」
 スカイが何か言っているけれど、頭に入ってこない。
 正確に、正確に……。
 あとはとにかく、神様に助けてくださいって祈る気持ち。
 お願いです。神様、スカイ君を助けてください。
 スカイ君の血を止めてください。
 スカイ君の怪我を治してください。
 お願いです。神様。
 私はこのままでいいから。

「……その、聖なる御手を、翳し……傷つきし者に、救い、と、安らぎを……」

 言えた。
 最後まで言えた……。
 右手から、白銀の光が溢れ出す。
 スカイの頭をするりと包み込むと、見る間に、零れ続けていた血が止まる。
 一瞬痛そうに顔をしかめたスカイが、次の瞬間目を丸くする。
「すげぇ!! ちゃんと治った!!」
 そっか、スカイ君はいつもフローラおばさんに治癒をかけてもらうから、私が何をしてるのかも分かってたんだね。
「よかった……スカイく……」
 そこまで言って、強烈にこみ上げた咳を止められず、激しく咳き込む。
「ラズ!! どこか痛いんだろ!? 今引っ張り出すからな!!」
 体中痛くて、どこが痛いのかわからないけれど。
 慌ててスカイが立ち上がる。と、私の顔をちらと見たその目が恐怖に染まる。
 口元を押さえた私の手は、スカイの頭には触れていないのに、真っ赤に濡れていた。

「お前っっ!!」
 スカイが言葉を失う。

 あ、スカイ君、泣きそうだ。
 何か……何か言ってあげないと……。

「いいんだよ……私は……死んだほうが、いいの……」

 だからもういいよ、スカイ君だけお家に帰って……。

 後半は声に出来なかったけれど、咄嗟に口をついた言葉は、紛れも無く、私の本心だった。

「そんっっなわけあるか!!」

 スカイの怒号を遥か遠くに聞きながら、私の意識は暗闇へと沈んでいった。