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circulation【4話】緑の丘

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「ご飯は、残さず食えよ」
「うん……」
「夜はちゃんと寝ろ」
「うん……」
「それならいい」
 完全に向こうを向いてしまったスカイの後ろ頭を見上げる。
 青い髪に透けて、ちらりと真っ赤な耳が見えた。
「スカイ君、耳、痛い?」
「なんでだよ」
「赤いよ? どこかにぶつけ……」
「う、うるっさいなぁ!!」
 突然の怒鳴り声に、身が竦む。
 胸元で子クジラも体を強張らせた。

 重たい静寂。
「くそ……っ。ここで待ってろ!」
 スカイは苛立たしげにそれだけ言い捨てると、こちらをチラとも振り返らずに、巨木の向こうへ姿を消した。

 ……なんで、スカイ君はいつも急に怒るのかなぁ……。
 私、何か悪い事言ったっけ?

 それまで、同世代の子達とほとんど遊んだことが無かった当時の私には、スカイが不機嫌になる理由なんて全く思いつかなかった。
「待たせたな。ほら、帰るぞ」
 数分ほど待っただろうか。
 そう遠くない場所からスカイが出て来る。
 先程より、ずっと落ち着いたようだった。

 何してたんだろう。……トイレだったのかな……?

 スカイの耳は、もう赤くなかった。
 ちょっと掻いただけだったんだろう。そう納得する。
「スカイ君、子クジラは?」
「その辺に放しとけば大丈夫だ」
「そっか……」
 言われて、そうっと子クジラを空中に放す。
 子クジラは、ほんの少し目の前で沈み込んでから、ふんわりと浮き上がった。
 それを見て、下に差し出しかけていた手を引っ込める。
「もう、飛べるんだね」
「ああ」
 子クジラを見つめるスカイの目は、どこか淋しそうにも見えた。

 帰り道、膝丈ほどの草を掻き分けて進むスカイに
「子クジラには名前をつけてないの?」
 と聞いてみる。
「付けてない」という返事の少し後に、
「付けたいならお前が付けてもいい」という言葉が付け足された。
「じゃあ、えっと、えーっと……黒くて丸いから、クロマルっ」
「それじゃ、子クジラは全部クロマルじゃないか」
 そう言ってちらりと振り返ったスカイが、思いがけず笑っていたので、私もつられて笑顔になる。

 それから、こんな顔をしたのがもう半月ぶりだったことに気付いて、また小さく苦笑する。
 なんだか、笑ったら急に肩の力が抜けてしまった。
 すとん。と膝から地面について、予想外の自分の動きに思わず目を丸くしてしまう。
「ラズ!?」
 前を歩いていたスカイが慌てて引き返してくる。
「どうした!? 大丈夫か!!」
「う、うん……。ちょっと、気が、抜けちゃったみたい」
「は?」
 スカイがまるきり理解できないというような顔をする。
 その間抜けな顔に、うっかり笑いがこみ上げてくる。
「あはっ。あはは、スカイ君変な顔……っっ」
 ぽかんと私を見下ろしていたスカイの顔が見る間に赤く染まる。
 あ。これはまた怒鳴られるかな、と思った途端、その顔が鮮やかな微笑に変わった。

 困ったような、それでいて嬉しくてたまらないような、眉をよくわからない形に歪めて、スカイは小さく呟いた。

「やっと笑ったな」



 次の日も、その次の日も、私達は二人でこっそり、クロマルの様子を見に行った。
 私達が秘密基地に近付くと分かるのか、クロマルはすぐに飛んで来た。

 ……けれど、その翌日は違っていた。