老人とユミ
横浜へ嫁いどった孫に子供が生まれてのう。わしにとってはひ孫じゃが、ときどきその子をつれてあそびにくるのじゃ。嬉しやなあ。ひ孫かわいや可愛いやひまご。じゃが三年前に婆さまを亡くして以来、わびしい老人の一人暮らしをしておる。退屈して「ママもう帰ろうよ」などと言われるのが悲しゅうて、せめてひ孫のためにテレビゲームくらい用意しておいてやろうと思い立ったのじゃ。
ところがデパートのおもちゃ売り場へ行ってみて、仰天したぞい。ゲーム機があんなに高価なものとは思わなんだ。しかも我が家にある旧型のテレビには繋げんらしい。あな口惜しや。年金でほそぼそと生計を立てとるわしには最新ゲーム機など高嶺の花というわけじゃ。
意気消沈して、近所の商店街をとぼとぼ歩いておると、顔見知りの質屋のウインドウに古いゲーム機がかざられておった。かなり旧式のやつじゃが、店のおやじによれば古いテレビにもちゃんと繋げて、二千円だという。
千八百円にまからんかと訊くと、あんたなら千五百円でいいと言われ、しかも中古のソフトまでつけてくれた。ありがたや。帰りぎわ、見送りに出てきたおやじがイヒヒと笑いをかみころしているので、なんか変だなと思ったが、これで孫たちにも大きな顔ができる。
ゲームソフトは、戦闘機をあやつって敵を撃ち落とすという、じつにシンプルなものじゃった。
反射神経のおとろえた老人にはいささか難儀じゃが、可愛いひ孫と対戦する日を夢見てがんばろうと心に誓った。それにわしは太平洋戦争中「ガダルカナルの黒ワシ」と恐れられた零戦乗りよ。まだまだ若いものには負けんて。撃ちてし止まんグラマン機。鬼畜米帝なにものぞっ。
はじめはちょっと苦戦したが、馴れてしまえばなんということもない。画面上の自機が動くのにつられて自分のからだも前後左右してしまうのが悩みじゃが、運動不足の解消になると思えば、まあ良かろう。
それより操作に熱中しているときは気づかなんだが、ふと妙な気配を感じるときがある。
使用していないほうのコントローラーがとつぜん床に落ちたり、ちゃぶ台のうえに置いてある湯のみがスーッと移動したり、視界のはしにフッと影がよぎることもあった。なんとなく小さな女の子のようにも思えたがのう。
あれはたぶん幽霊じゃろ。ゲーム機に取り憑いておったのじゃ。質屋のおやじめ、わしにいわく付きの商品など売りつけおって。
最初のころは無視しておったが、そのうちわしが撃墜されるたびにクスクスと笑い声を立てるようになり、だんだん腹が立ってきた。幽霊のくせにちょこざいな。ある日とうとう頭にきて「そんなに笑うなら、おまえさんがやってみろっ」と怒鳴ると、テレビ画面に「乱入」の文字が躍り、わしの機のよこに新たな戦闘機があらわれたのじゃ。ほほう「レイテ沖の撃墜王」と恐れられたこのわしに勝負を挑まんとするか。おもしろい、受けて立とう。
ところが対戦してみると、この幽霊の強いこと強いこと。こっちは二面クリアするのがやっとじゃったのに、幽霊のやろうめは軽々と最終ステージまで行きおった。とほほ、情けなや。
幽霊はハイスコアをつぎつぎと塗り替え、トップ10にはすべて「YUMI」という文字がならんだ。ほほう、きゃつめの名はユミともうすか。じつに可憐で女の子らしい名まえじゃ。
以来わしは、ユミちゃんとゲームをするのが楽しみになってしもうての。
姿を見せることはないし、会話ができるわけでもないが、たまにミスしたときなど「あ~あ」と可愛らしい声が聞こえて、婆さまには悪いが、年甲斐もなくときめいてしまったりする始末じゃ。
ええい、わしだってまだまだ男のはしくれよ、恋のひとつもするわいっ。
というわけで、そろそろシューティング・ゲームにも飽きてきたから、今度はひとつ年金をはたいて太鼓の達人でも購入し、ユミちゃんと一緒に「いたこ甚句」をドドンがドンと、ハハ、長生きはするもんじゃのう。
え、ひ孫との対戦はどうしたって?
あれは私立幼稚園の受験をひかえているとかでゲームは禁止なんじゃと。
もう、どうでもいいわい。