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銀の錬時術師と黒い狼_魔の島

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 少し考えて、レギウスは刀の柄で頭領の脇腹を強く突き、馬上から振り落とした。
 バランスを崩した巨体が宙をすべり落ちていく。驚愕に男の口が開いた。壊れた楽器みたいな声がレギウスの耳朶(じだ)をたたく。
 いきなり時間の流れがもとに戻った。
 重い音をたてて、頭領の身体が地面に激突する。そのまま気を失った。
 傭兵の隊長があえぎ声を洩らした。周囲を見回し、敵がひとりも立っていないことに気づいて目を丸くしている。
「これは……」
 隊長は顔色(がんしょく)を失った。あたりを落ち着きなくうかがっていた彼の視線がリンのそれとぶつかった。
 リンが唇の端をキュッとつりあげて微笑む。
「大陸金貨三十枚ですよ。忘れないでくださいね」
「…………」
 レギウスが〈神の骨〉を鞘に収めると、隊長も無言で剣を鞘に収めた。髭が不満げにピクピクと動いている。メンツをつぶされた、と思って憤慨(ふんがい)しているのだろう。助けてあげたのに礼のひとつも口にしなかった。
 馬車の扉が開いて、なかからひとりの男が降りてきた。こめかみに白いものが混じる、やたらと恰幅(かっぷく)のいい初老の男だ。交易商人のような、飾りの少ない灰色の衣服を身につけている。リンとレギウスに向かって、男が深々と頭を下げた。
「危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
 すぐに頭を起こし、リンとレギウスのふたりをマジマジとながめて、
「こんなところで錬時術師に会うとは思いませんでしたな。しかも、そちらのかわいらしいお嬢さんは……私の記憶にまちがいがなければ、リンさま、ではないですかな?」
 レギウスは片方の眉を持ちあげた。
(こいつ、リンのことを知ってるのか?)
 リンは笑顔を崩さない。自分の胸を軽くたたいて、男の言葉に応える。
「はい、わたしの名前はリンです。で、彼がわたしの護衛士、レギウスです」
「……やはり」
 その先の言葉は男の口のなかで消えたが、彼がこうつぶやくのをレギウスははっきりと聞いた。「この女があの〈銀の錬時術師〉か」と。
 どうもなにかがヘンだ。男の言葉の節々に現れる独特なアクセント。指を動かしてすばやく結んだ印のかたち。
(そうか、こんな格好をしてるが、こいつの正体は……)
「申し遅れました。私は〈英雄の記念碑〉の町で交易商人をしておりますガイルと申します。以後、お見知りおきを」
「ガイルさんですね。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「リンさま、よろしければ負傷者の治療をお願いできますかな」
 まだ地面に転がっている負傷した傭兵を、ガイルはチラリと一瞥(いちべつ)して、
「もちろん、治療代は追加でお支払いしますよ。それに、リンさまがよろしければ、おりいってご相談したいことがあるのですが……」
 リンとレギウスは顔を見合わせる。
 うさん臭いものを感じたが、おそらく断ることはできないだろう、とレギウスは思った。月の女王がなにをたくらんでいるのかは知らないが、ガイルと名乗るこの男との遭遇が彼女の仕組んだ筋書きの一部である可能性はひじょうに高い。
 リンもレギウスと同じ結論に達したようだ。馬から降りてペコリと頭を下げ、ガイルの申し出を受ける旨を告げる。
「トマ、負傷者の治療が終わったら移動する」
 ガイルが傭兵の隊長に指示する。トマと呼ばれた仏頂面の隊長はひょいと肩をすくめた。
「道を引き返すぞ。〈隻腕(せきわん)の刀匠〉の町へは行かない。〈飢狼(がろう)の城塞〉の町へ戻る」
 トマが顔をしかめる。それでも雇い主の命令に反抗したりはせず、首を縦に振ると部下に大声で予定の変更をふれまわった。
 トマに呼ばれてリンがふたりの負傷者のあいだを回る。錬時術を駆使して負傷した部位の時間を局所的に加速させ、傷の自然治癒を早める。幸いにしてふたりとも回復が難しい重傷は負っていなかった。全員が歩けるようになると、出発の準備がてきぱきと進められた。
 山賊たちはまだ目覚めない。死んではいないが、誰ひとり身動きしなかった。トマが、後顧の憂えを断つために山賊たちを厳しく処断すべきだ、と主張したが、ガイルは同意しなかった。
 結局、山賊たちはそのまま広場に放置された。たぶん、あと半日は目を覚まさないだろう。目が覚めてからも身体のあちこちに激しい痛みが残るはずだ。一週間は歩くこともおぼつかない。当然、悪事も働けない。そのあいだにこのあたりを管轄する治安維持軍が問題を解決してくれるはずだ。
 リンとレギウスにとっては進む方向に、ガイルと傭兵たちにとってはいままでの来し方(こしかた)に、一列縦隊になって泥にぬかるんだ道をたどっていく。
 歩きだしたとたん、ひどく大きな雷がすぐ頭上で鳴って、ついに雨が降りだした。