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銀の錬時術師と黒い狼_魔の島

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「きさまのことは知ってるぞ。〈光の軍団〉にいたそうじゃないか。化け物に異端者の組み合わせか。ハッ、実にお似合いだな!」
「リンは化け物じゃねえ。おまえたち異端審問庁こそ化け物だろうが!」
「きさま、言わせておけば……」
 グザンが弓を引きしぼる。矢が放たれようとしたそのとき、ひときわ大きな声が廊下のほうから響いてきてグザンの注意をそらした。
 扉口を固めていた僧兵をふたつに割って小柄な男が進みでてきた。
 半分白くなった顎髭をたっぷりとたくわえた初老の男だった。赤と青の染料で描かれた八芒星(はちぼうせい)が男のひいでた額を飾っている。男がジロリとグザンをにらむ。男ににらまれると、とたんにグザンは落ち着きをなくした。
「……バダラ至爵猊下(ししゃくげいか)? どうしてここへ?」
「武器を下ろしたまえ、グザン。きみがやっていることは違法な拷問だぞ」
 バダラ至爵と呼びかけられた男──〈統合教会〉では教主に次ぐ高位の僧官──が威厳のある声で命じる。なおもグザンがためらっていると、バダラの太い眉が逆立った。
「聞こえなかったのか? 武器を下ろすんだ!」
 グザンが唇をかみしめる。不承不承、グザンが弓の弦から指を離すのと、バダラの背後にもうひとり、別の男が立つのとがほぼ同時だった。
 至爵の隣に並んだ男の姿を目にして、レギウスは眉間に皺を寄せた。
「あんたは……」
 男は、ジスラの従僕のひとりである、あの金髪の美青年だった。柔らかな微笑を口許にたたえて、珍しそうに室内を見回している。〈神の骨〉をかまえたレギウスに意味ありげな目配せをし、台座の上で人事不省におちいっているリンを見つけて悲しげに首を横に振る。
「そのお嬢さんになにか着るものを用意しろ。担架も持ってこい。どうやらひとりでは歩けそうにないからな」
 バダラが指揮官に命じる。指揮官は「ハッ!」と敬礼して、命令を実行に移すため、部下の僧兵を引き連れて部屋を出ていった。
 あとには屈辱に顔を真っ赤にしてたたずむグザン、不快を隠そうともしないバダラとその横の金髪の青年、突然のことに混乱するレギウスの四人が取り残された。
「レギウスさんも武器を収めてください。大丈夫、すぐにここから出られますよ」
 と、にこやかな笑みを崩さずに、青年。
 レギウスはチッと舌打ちして〈神の骨〉を鞘に戻す。
 グザンがバダラに色をなして喰ってかかった。
「猊下、これはどういうことですか! 私は通常の審問を……」
「彼女がなにをしたというんだ、グザン? 〈大陸間条約〉で旧帝国の吸血……」
 至爵はそこで咳払いをして、「吸血鬼」や「竜」を意味する婉曲(えんきょく)な表現に置き換える。
「……旧帝国の同盟者は新大陸への上陸を認められてる。違法行為を犯さないかぎり、異端審問庁に彼らを拘禁する法的根拠はないぞ」
「法的根拠ですって? こいつらは化け物……」
「グザン、口を慎め! 追放されたとはいえ、相手は旧帝国の皇女だぞ! このことを旧帝国が知ったらどんな結果になると思ってるんだ!」
「猊下はかの異端の徒の報復を恐れてるのですか? 五柱の神々の信徒を束ねるお立場の猊下ともあろう方が化け物どもにひれ伏すと?」
「われわれは文明人だ。文明とは秩序だよ。秩序なくしてこの世界の文明を維持することはかなわん。そんなことも理解できないのか、きみは?」
 バダラがうなるような口調でさとすとグザンの顔が怒りで赤くなった。レギウスをにらみつけ、ひび割れた声で吐き捨てる。
「……これで終わったと思うなよ。きさまらには必ず神罰を下してやる」
 グザンはきびすを返して部屋を出ていった。バダラが僧官の背中を見送り、ため息を洩らす。満足げな笑みを浮かべている金髪の青年に向きなおって、
「これでよかったのかね?」
「ありがとうございます、猊下。わが主人になり代わり、ご協力に感謝いたします」
「きみの主人に伝えたまえ。わが教会は旧帝国の同盟者との友好関係を重視してる。今後ともその方針に変わりはない、と」
「確かにお伝えいたしましょう。ところで、ご依頼したもうひとつのほうは?」
 小柄な高僧はフンと鼻を鳴らし、そっけない口調で答えた。
「〈嵐の島〉だ」
「は?」
「われわれがつかんだ情報によれば、ターロンは〈嵐の島〉に向かってる。わが教会に所属する……ある集団が彼を追ってる」
 レギウスは金髪の青年とバダラの顔を交互に見比べた。
「おい、どうしてターロンの行方を教えてくれるんだ? 機密情報じゃなかったのか?」
「それはのちほどお話ししましょう。ここで事情を明かすのは、猊下、あなたにとっても気持ちのいいことではありませんよね?」
「同感だな」
 僧兵がリンの着替えと担架を持って部屋に駆けこんできた。バダラがぞんざいに手を振って、いまいましげにレギウスをにらみつけた。
「さあ、彼女に服を着せてさっさとここから立ち去りたまえ! 私の好意は無尽蔵じゃないぞ!」

 僧兵にリンの着替えを手伝わせるつもりはなかったので、レギウスは金髪の青年とふたりでぐったりとしたリンに間に合わせの服を着させた。本当はリンの身体にこびりついた腐毒もきれいにふきとりたかったのだが、僧兵の見ている前ではやりたくなかった。
 危地を救ってくれた礼を口にすると、金髪の青年はおもしろそうな顔をして「どういたしまして」と応じる。詳しい説明が欲しいところだが、それは後回しだ。
 僧兵が持ってきたのは出家したばかりの下級僧が勤行(ごんぎょう)のときに身につける黄色の胴衣で、肩や肘のあたりがすり切れていた。よほど使いこまれていたのだろう、手に取ると汗の塩辛いにおいが鼻についた。
 レギウスは思いつくかぎりの悪態を垂れ流す。青年はリンの裸を目にしても平然としていたが、その態度がかえってレギウスの感情を逆なでした。
「そんなに怒らないでくださいよ」
 青年は困惑気味に肩をすくめて、
「ぼくはご主人さま以外の女性に興味ありませんから」
「いいから黙って手を動かせ!」
 青年の話によるとこれから階段を昇り降りしなければならないそうなので、担架は使わなかった。
 意識のないリンの身体をレギウスが背負う。ひんやりとしたリンの頬がレギウスの首筋に触れた。さっきよりも呼吸が落ち着いてきた気がするが、目を覚ます気配はない。
 青年の案内で部屋を出る。廊下で僧兵の一団が待っていた。半分ほどが部屋に入って、床に倒れている仲間を助け起こす。残った半分が陰気な顔つきでレギウスたちを見送った。よほど下品な罵倒語を投げつけてやろうかと思ったが、青年に身振りで制止された。
 階下へと向かう。竜の〈城〉とつながっている出入口が〈僧城〉の内部にあるのだと青年が言う。いったいどこへ向かうんだ、といぶかしんでいたら、レギウスが放りこまれた地下牢の、さらに奥まった闇の向こうに秘密の出入口があった。
 レギウスはうめき声をあげる。それを、背中におぶったリンの体重の重さだと勘違いした青年が「交代しましょうか?」と陽気な声で申し出るが、レギウスはかみつくような調子で「さっさと行け!」と反発する。
 ねっとりとした闇のなかを歩く。青年がどこからか蛍光樹の灯皿を取りだし前方に掲げた。