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紅装のドリームスイーパー

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 それ以上は口にできなかった。慰めの言葉をかけるべきなのかもしれない。が、沙綾さんの気分をひどく損ねてしまう──最悪の場合、彼女を泣かせてしまうかもしれないと思うと、おれの舌はうまく動かなかった。
 いつもこうだ。ちっとも進歩していない。今日だって、おれがもっと機転をきかせれば、花鈴を動揺させることなく、家まで送ってあげることができたはずなのだ。そんな自分がとても歯がゆく、腹ただしい。
「祖母が入院したときに家族はみな、覚悟してたんです。お医者さんにそう言われましたから。でも、実際にこのときがくると……」
 沙綾さんは言葉を呑みこむ。唇をきつくかみ、どうにもならない現実の無情さに必死で耐えている。
 息のつまるような数秒がすぎると、沙綾さんの表情に明るさが戻ってきた。ほんのりと紅く色づいた唇が、自然なかたちの笑みを結ぶ。
「いつも祖母を元気づけてくれて、ありがとう」
「え?」
 意外なセリフにおれはとまどう。沙綾さんは笑みを広げた。
「祖母が話していました。新城さんがよく話し相手になってくれたって。入院してるあいだ、祖母は新城さんからたくさんの元気をもらったんですよ。祖母もわたしの家族も、新城さんにはとても感謝してます」
「そんな……ぼくはお礼を言われるようなことはなにも……」
「優しいひとですね、新城さんは」
 そう言って、温かく微笑んだ。これはかなり効いた。おれは頭の奥がしびれるような感覚を味わった。沙綾さんの笑顔が、おれの心のなかでずっと錆びついていたスイッチを力いっぱい押してくれたような気がした。そのおかげで、おれも自然な笑みを返すことができた。
「……祖母に会っていかれますか?」
 おれは即答できなかった。沙綾さんは返事を促すでもなく、おれの言葉をじっと待っている。ついこのあいだまで元気そうだった幸恵さんの、いまの姿を目にするのがこわかった。きっと意識もないはずだ。どれほど変わり果てた姿になっているのか、想像もしたくない。そんな想いが表情に出ていたのだろう、沙綾さんは微苦笑を口許にちらつかせ、小さく吐息をついた。
「いまでなくてもいいんです。でも、最後に一度だけ、祖母に会ってあげてくださいね」
「……すみません」
 最後に一度だけ、という物言いがひどく気になった。もうとっくに覚悟を決めている、ということなのだろうか。おれの優柔不断を沙綾さんはあげつらったりしなかった。たとえおれの態度に不満を持っていたとしても、彼女は決して非難を口にしないだろう。さらりと受け流されるぐらいなら、正面きって面罵されたほうがまだしもマシだったかもしれない。
 沙綾さんが静かに席を立つ。結局、手つかずのままだったペットボトルは「差しあげますから」と、おれのほうに押しやられた。
「新城さん」
「……はい」
「明日も来てくれますか?」
「絶対に来ます」
 おれの返事を聞いて、沙綾さんがうれしそうな顔をした。まだ期待されているらしい、と知って安心する。ペコリとお辞儀して、沙綾さんが去っていく。
 あとには汗をかいたペットボトルが二本、テーブルの上にぽつねんと残された。