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紅装のドリームスイーパー

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Real Level.4 ──入眠


 毎日の日常。
 普通に夕食を食べ、風呂に入り、テレビを見て、森から借りたラノベを最後まで読破する。
 ラノベは続きを読みたいと思う程度にはおもしろかった。あいかわらず、主人公の必殺技のネーミングセンスは救いがたいものがあったが。表紙に描かれた金髪の美少女をじっくりと鑑賞する。深紅(クリムゾン)のコスチュームに包まれた胸の深い谷間がおれの想像力をモリモリとかきたてる。
 あくびが出た。今日一日の出来事が脳裏に去来する。
 何度も繰り返し見てきた悪夢。教室で居眠りしたときに見た中二病まがいの夢。
 もはや伝説と化したセクハラ発言。女性教師から長々とお説教されたこと。
 病院では沙綾さんに会えなかった。看護師の高橋さんも見かけなかった。
 そして──花鈴。おれの幼なじみでクラスメイト。保健室での会話。具合が悪そうだった。彼女は今夜も眠れない夜を過ごすのだろうか?
 長嘆息。
 パジャマにしているトレーナーに着替え、ベッドにもぐりこむ。
 昼間はあれだけ執拗だった睡魔は、もうおれに飽きたらしく、どこかへ消え失せていた。
 寝返りを打つ。何度も、何度も。
 クルマの音。たまに電車のガタゴトという音が混じる。
 考えた。こんなおれになにができるのだろう、と。
 二年。そう、あれからもう二年が経つのだ。それなのに、花鈴はいまでも菜月の死の責任を感じている──本人は苦しい心情を決して吐露したりしないが、おれにはそう思える。その反面、どうしていまごろになって苦悩しているのだろう、と不思議に思わなくもない。この二年、以前にくらべればすっかり態度が消極的になったとはいえ、体調に悪影響がでるほど悩んでいるようには見えなかったのだ。
 なにかあったのだろうか。
 花鈴の心の傷をえぐるようなことが。おれにも言えないようなことが。
 気休めの言葉はかけたくない。下手な気遣いはしたくない。なによりも、花鈴をあまり怒らせたくない。
 じゃあ、おれになにができるのか。思考は堂々巡りを続ける。回答はいつまで経っても落ちてこない。
 寝返りを打つ。目を開けて、壁を見つめる。どこかで救急車のサイレンが鳴っている。
 森から借りたラノベの主人公の勇者。短絡的で直情的。自分がやりたいようにやる。それでも快刀乱麻を断つごとく、問題をスムーズに解決し、敵に正義の鉄槌をくだす。おれもあのようになれたら、とひそかに思う。
 自分が信じたことを最後までやりとおす──勇者に備わったその覚悟が、能力が、信念が、いまはとてもうらやましかった。
 笑う。ベッドのなかで肩を縮めて。ラノベの読みすぎだ。この世界は一介の高校生であるおれがあがいてもどうにもならないほど、猥雑で、硬直的で、あまりにも巨大だ。
 それでも──
 幼なじみの少女の苦しみを少しでも取り去ってあげたい。そのための力がほしい、と願った。どんなにささやかな力であっても……。
 勝手だな、おれは。
 自嘲する。花鈴に望まれてもいないのに、ヒーロー気取りで自己陶酔している。
 それとも、花鈴は望んでいるのだろうか。菜月が死んだのはおまえのせいじゃないと、誰かが説得してくれて、心底から納得できることを。だとしても、その役目はたぶん、おれじゃない。
 そんなことを口にできるのは──そこまで考えて、人好きのする微笑をたたえた青年の姿が思い浮かんだ。
 早見浩平。菜月の兄。いつだって花鈴には優しく接していた。怒っているところを見たことがない。
 あのときだって──あのときだって、どうしたんだろう?
 記憶があやふやだった。泣きじゃくる花鈴を浩平が慰めている──その場面は憶えていた。が、いつ、どこで、なにを話していたのかが思いだせない。あるいは、思いだしたくないのかもしれない。
 認めたくはないが、おれは心のどこかで浩平に嫉妬している。浩平の包容力の大きさを羨望(せんぼう)している。おれにはないものを持ったあの男を、イヤなヤツだと毛嫌いしている自分がいる。
 それ以上は考えたくなかった。目をつぶり、解法のわからない数学の問題に取り組む。教え子と結婚した数学の教師の声が脳裏に再生された。いつしかその声は、やたらとRの発音がいい英語となり、ついでデリカシーのなさをなじる神崎先生の声へと変化していった……。