蒼い無限
それでもやはり、その年にもなれば既に所帯を構えている男もいたし、
婚活パーティーに出続けている男もいた。
で、そういう連中から「おまえはこれからモテるなあ」などと持ち上げられたり、
「社会人1年生をやり直すところじゃねーか」とからかわれたりしていた。
まあ俺も、「身が引き締まる思いです」という新人政治家の台詞をマネながら、
喜びも不安もあったというのが本当のところだった。
ところで、このプチ同窓会では、中座の際に意外なメンバーと再会することになった。
こういう事態が起こるとは、全く思っていなかった。
「店長?」
そう、俺がかつて勤めていたリサイクル店の、あの「面白面倒くさい」店長が転職して、
その飲食店のスタッフになっていたのだ。
「お~、俺くんじゃん! ひさしぶりだなあ!」
「本当に久しぶりです。っていうか、いつ転職したんですか?」
店長は、仕事中の手と足を止めるのをはばかるように手短に答えてくれ、
俺もその店に来ている経緯を手短に説明した。
店長は、仕事中の表情を保ちながら加えた。
「おまえは、はるかちゃんのことは知ってるの?」
はるかちゃんは、彼女・・・俺目線で綾瀬はるか似だった彼女だが、
「結婚したんですよね? そこまでは聞きました」
「何だ、知ってたのか」
1025 アノニマス 2017/02/02(日) 03:00:54 q9Lk7qN2f64y
先に書いたとおり、実際に俺が聞いたのは「婚約した」までだった。
が、結婚したと認識しておくべきだろうとは、さすがに承知していた。
仮にその婚約がふいになっていたとしても、
彼女ぐらい可愛ければ、良い相手はいくらだっていただろう。
「幸せにやってるんですかね?」
「そりゃそうだよ!」
「あ~。それはよかった」
「ごめん俺仕事中だからさ。あ、俺から相談したいことがあるんだけど
今忙しいから、ちょっとメアドだけ聞いていいか?」
俺は一瞬戸惑ったが、もともと人懐っこい人である上に、基本的に信用していい人なのは
よく解っていたので快諾し、その時はそれでおしまいだった。
そして俺は、そそくさと、仲間の待つ個室へと戻った。
そうかそうか、ちゃんと結婚していたのか・・・当たり前か。
そりゃあ、別れてから、もうずいぶん経ったからな・・・
接点が無い間はいろいろな想像もできたけど、
結婚して幸せにやってると確定的に聞いてしまったからには、
もはや「川の字になって寝てるのかなあ」ぐらいしか考えられなかった。
「今は悲しいけど、これが一番」って泣いて別れたけど、
実際そのとおりになって、よかった・・・
その日は、あとは仲間と楽しく雑談して、そのプチ同窓会をお開きにした。
そしてその当日には、その頃初めて手にしたスマホに、
店長からのメールが入ることは無かった。
1026 アノニマス 2017/02/02(日) 03:22:21 q9Lk7qN2f64y
そして、翌朝。それは、俺が眠っている間に届いていた。
内容は、挨拶や俺へのお祝いから始まって、次のように続いていた。
「ところで、仕事中だったし、おまえも楽しい席みたいだったし、
本当のことをゆっくりと話す状況じゃなかった。
本当は、はるかちゃんは、一昨年に亡くなった」
スマホをにぎる俺の手が、なぞる俺の指がかすかに震えた。
「おまえがうちの店を辞めてほどなく、
はるかちゃんは癌をわずらってるのが発覚した。
と言っても、直ぐに俺に上がってきた情報じゃない。
俺が話していることは、基本的にA美ちゃんから聞いたことだ」
「A美ちゃん」というのは同僚で、はるかと特に親しかった女の子だ。
「それと、はるかちゃんは、
結婚もしてないどころか、ずっと彼氏もいなかったようだ。
おまえのことを、ずっと忘れられなかったみたいだな。
ただ、絶対におまえのじゃまにはなりたくなかったそうだよ。
はるかちゃんが闘病中に書いたブログのアドレスをA美ちゃんが教えてくれたから、
おまえが自分の目で、本当か嘘かを確認してくれ。
このブログを誰が書いたのかを、間違いなく、俺よりよく分かるだろうから」
俺は、動悸を覚えながら、そのURLをタップした。
・・・はたして、俺には、すぐに分かった。
携帯電話のキーを一生懸命押して書き込んだプロフィールも、
闘病生活の中の明るい出来事を書こうと頑張った記事も
(病状がひどくなってから書き始めて、2年分があった)、
間違いなく彼女のものだったが、俺にはすぐに分かった。
あれだけ言ったのに俺のことを忘れてくれなかったのが、
あれだけ言ったのに忘れないでいてくれたのが、
そして頑張り屋が頑張っていたことが、きっと俺だけにすぐに分かった。
それは、ブログの今は亡き持ち主の名前にある、
「ロゼット」という文字が教えてくれていた。
1027 アノニマス 2017/02/02(日) 03:43:27 q9Lk7qN2f64y
店長は最後に、ぜひ墓参りに行ってやってほしい、と書いていた。
俺も、もちろん行きたい、と思った。
ただし、3年勤め抜いて、胸を張って行きたい・・・というのが、俺が俺に課した条件だった。
ずいぶん長いこと、季節ごとに、数々の記念日ごとに、彼女との思い出がループし続けた。
そして、ようやく今月で、その3年に至ることができた。
本当に、長いこと待たせて申し訳が無かった。
ご両親に、10年ぶりに会って、心の底の底から、お詫びとお礼を言いたい。
彼女の墓前でも、同じく心の底の底から、お詫びとお礼を言いたい。
そしておまえの姿が、俺の心から、この先も、決して消え去ることが無いのを伝えたい。
長くなっちまったが、最後まで読んでくれた人、本当にありがとう。
1030 アノニマス 2017/02/02(日) 03:51:31 q9Lk7qN2f64y
ありがとな。
それと、彼女のブログはもう消えてるよ。
おまえらの大事な人を、本当に大事に、大事にしてやってくれ。
さて、長々と済まなかったな。俺も疲れた。おやすみ・・・