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アット・フロント・オブ・ステーション

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人波に飲まれながら改札を押し出される。駅と駅ビルの境のエントランスはいつものようににぎわっていた。華やかなショーウィンドウには流行の服がすまして並んでいた。
ガラスの押し扉を開いて口を開けると疲れた吐息が吐きだされる。見上げると空はもう群青に染まっていた。
バスターミナル上の陸橋は、周りの背の高いビルに囲まれてその向こうが全くと言っていいほど見えない。けれど一度ここから出ると、もう高い建物はあまりない。まるでここだけ世界から切り取られたようだ。ここは、閉鎖されている。ビルに張り付いたネオンが目に痛い。一つ一つ記号化されているそれらは、集めてみると美しいけれど、そこに意味はたぶん無いんだろう。いつも感じていることだけれど、今日はいつにも増してそう思った。
 ふと時計を見ると、もうバスの出発時間まで一分ないほどだった。俺は走り出した。早く家に帰ってやらなければならないことが山程ある。定期考査ももうすぐだ。ボヤボヤしていると授業についていけないし、明日先生から指されて問題を解かされるかもしれない。
 ――全く、いやになるほど忙しい。
 俺は陸橋の階段を急いで降りる。斜めにかけたカバンの中の参考書やら何やらがぶつかり合って音を立てる。
バスはまだ来ていなかった。この時間のバスは頻繁に遅れる。俺はがっかりした。と同時に気の疲れをより一層感じる。ベンチに腰を下ろしてバスを待つことにした。乗車するバスがわからないらしい小柄なおばあさんが若い女性に案内をしてもらいながら通り過ぎて行く。俺はぼんやりとそれを見ていた。ときたまペットボトルのオレンジジュースを飲みながらしばらくそうしていると、唐突に声を掛けられた。
「あのー、柏木に行くバスはここでいいんかねえ?」
 先ほどのおばあさんだった。あの女性に案内してもらっていたのではないかと思いながらも答える。
「ああ、柏木ならここでいいですよ」
「そうなんかい! わたしゃねえ、あれですよ柏木にね、駒川の方に行くんですよ」
元気なおばあさんだ。たじろぎながらも、しかし、さっきは柏木と言っていたではないか。
「あの、柏木なんですか? それとも駒川ですか?」
「あーだからね、柏木……大鏡橋の下通ってね、駒川の辺なんだよ」
「はあ……?」
「結島の方のね、大鏡橋の下通るとこに家があるんだよ。でねえ、駒川の辺でね、柏木の方に行くところ」
おばあさんはなおも饒舌に喋り続けている。すでに破綻してどうにもならなくなっている話を、だ。
「つまり大鏡橋の方なんですか?」
「だから霧ヶ崎温泉行きに乗るんかね?」
 ――駒川と霧ヶ崎温泉って全然方向違うぞ。
「わたしゃこういうのに全然乗らないの。年寄りでわかんないからねえ。あー困った困った」
早口でまくし立てる。
 おいおい大丈夫か、と思いながら聞いていると、道路を挟んで反対側の停留所から若い茶髪の男性が走り寄ってきた。
「ばあちゃん! どこ行ってたんだよ」
「あらトシちゃん。迎えに来てくれたんかい?」
「だから行くから待っててって言ったじゃん。もう……」
「あれぇーそうだっけねえ? 今ね、この僕とお話してたんだよ」
 僕と言うほどの年でもないが(もう十七だ)、呆然と二人の会話を聞いていた俺は、突然の指名に驚いた。
「ああーどうもすみませんウチの祖母がご迷惑をお掛けして……」
 男性がワックスで逆立てた頭をペコペコ下げながら言う。早口でまくしたてる言葉は遺伝なんじゃないだろうか。
「あ、いや、そんなことは……」俺はしどろもどろになる。
「年寄りの話につき合わせてすみませんねぇ」おばあさんは目を細めて笑って、皺だらけの顔がもっと皺だらけになった。
 本当にすみませんでした、と男性はもう一度頭を下げ、おばあさんと共にターミナルの向こうに道路を渡って去って行った。その道中にも、二人が早口で喋っているのが聞こえてきた。俺はしばらくその方向を呆然と眺めていた。
嵐が去った……。そう思うと同時になんだか急におかしく思えてきて人目も気にせずに笑い転げてしまった。涙目になりながら、腹筋が痛くなる頃にようやく笑いがおさまり、体が軽くなったような気がした。
 山積みの宿題もテストまでの日数も何も変わらないけれど、まあいいか。きっと俺は大丈夫だ。不平不満をブツブツ零しながら、がんばれる。
 強いライトが差し込んでくる。どうやらバスが来たようだ。

                         (終)