博士の天才
4
かねてよりの計画、それは言わずと知れたこと……。
温泉旅館に落ち着いた博士は早速お茶を五杯がぶがぶと飲み干した。
これで概ね一時間後には尿意を覚えるはず、それくらいあれば充分に堪能できる、しかも今度は暑さ寒さも感じず、見つかってしまう可能性もゼロ。
博士はヘルメットをかぶり、スイッチを入れた。
「極楽だ……」
博士は極楽浄土もさもあらんと思うばかりの光景を堪能している。
溢れる湯と漂う湯煙の中、美しい女性達が生まれたままの姿で戯れている。
肉体があれば鼻血の一筋もたらしているところ。
尿意は少しづつ高まってきている、この分だと震えが来るのは30分後位か……それまでこの極楽に……。
「きゃあ!」
極楽を楽しんでいる博士を他所に、博士の部屋では仲居さんがお膳を放り出して腰を抜かせていた。
無理もない、やたらと電極がついたヘルメットをかぶった男が倒れているのだ。
博士の部屋はたちまち大騒ぎになった。
「そろそろ戻るとするか……おねしょしてしまうわけには行かないからな、夕飯の後でもう一度……」
部屋に飛んで戻って来た博士は目を疑い、腰を抜かした……疑う目も抜かす腰もないのだが……。
自分の肉体が取り囲まれている、この状態で元に戻ればもっと大騒ぎになるかも、それに幽体離脱マシンの存在も公になってしまう……上手く誤魔化したとしても注目を集めている中、急に目を醒まして慌ててトイレに駆け込むと言うのは恥ずかしい、第一、幽体離脱して何をしていたと弁解すれば良いのか……わざわざ温泉地で実験する必要など博士の頭脳をもってしても説明がつかない。
医師らしき人が盛んに博士の体を調べている。
「どうですか?」
心配顔の番頭……医師は首を捻る。
「眠ってるのとは違いますね、刺激に対する反応が全くない、しかし心臓は正常に動いているし、呼吸も正常です」
「つまりどういうことですか?」
「いわゆる植物状態ですね、脳に何かが起こったんでしょうな」
「このヘルメットみたいなものと関係が?」
「さあ……こんな機械は見たことがありません、医療器具ではないと思いますが」
「自分で被ったんでしょうか?」
「いや、それもわかりません、部屋に鍵は?」
「掛かっていませんでした、仲居がそう言っています」
「だとしたら誰かに被せられたのかもしれませんね……とにかく救急車を呼んでください、検査して原因を突き止めなければいけません、それに事件性も疑えますから警察も」
それは困る……救急車に乗せられてはトイレに駆け込めなくなるし、警察に幽体離脱マシンの説明をしなくてはならなくなるのも面倒だ、しかし、今、急に肉体に戻ったら大騒ぎになる、しかもどう言い逃れたら……。
博士が思い悩んでいる間に救急車が到着、有無を言わせず……口がないので言えないのだが……乗せられてしまい、病院へ。
尿意はどんどん高まり、もはや限界、肉体もぶるぶると震えが止まらない。
CTスキャンの台に乗せられて固定されてはもう間に合わない……。
「ダメだ、もうどうにでもなれ!」
魂と肉体を重ね合わせる、震えは間断なく続いている、たちどころに博士の魂は肉体に戻り、ストレッチャーから飛び降りてトイレめがけて走り出した……。
病院は大騒ぎ、警察にもこってりと絞られた……幽体離脱マシンの原理や構造は病院でも警察でも理解できなかったようで、不眠症の治療機械の試作品と言い逃れられたが……。
透明人間もダメ、幽体離脱もダメ。
他に方法は残っているだろうか……。