Memories of You
4. エピローグ
「やっぱり暖かいわね」
「ああ、そうだな」
那覇空港に降り立った陽介と純子は、かすかにシークァーサーの香りがする空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
二月ともなれば沖縄では桜が咲き始める、一足早く春を満喫できるのだ。
しかし、陽介と純子の一番の目的は季節の先取りではない、娘と孫、いや順序はいまや入れ替わっている、孫と娘に会うこと、それが一番の目的であり、楽しみなのだ。
娘の純江が結婚したのはかれこれ十年程前になる。
相手は沖縄出身の若者だったが、東京で知り合い、東京に新居を構えた。
しかし、元々スキンダイビングで知り合った仲、彼の地元にちょくちょく来ているうちに純江も沖縄にすっかり魅せられたのは無理もない。
そして、五年前、彼の会社に沖縄支社が出来たのをきっかけに沖縄に移住し、ほどなく子供も生まれた。
孫の香純は今三歳、可愛い盛りだ。
そして純江のお腹には二人目の孫が誕生を二ヵ月後に控えてすくすくと育っている最中。
「ババタ~ン」
ロビーで香純が駆け寄って来た、「ババタン」は手芸と言う特技があるので女の子の香純にはウケが良いのだ。
もっとも、その後で「ジジタン」と抱きついてくれるのだからそれくらいはどうでも良いのだが。
「純江、無理して迎えに来なくても良かったのに」
「そうだよ、帰りは俺が運転しよう」
純江たちの家は名護市にある、高速道路を使っても一時間半位かかる。
「近くに住んでいれば色々と面倒を見てあげられるんだけど……」
純江の旦那は那覇の出身、実家も那覇にある、そうちょくちょくは名護まで足を伸ばせないのだ。
純子の呟きを聞いて、陽介と純江は顔を見合わせて笑いをかみ殺した。
「え? 何? これって普通の民家でしょう?」
純江たちの家に着く前に立ち寄った民家、沖縄伝統の赤瓦の古い家だ。
「この景色を見てごらんよ、これを見せたくて立ち寄ったんだ」
座敷からは海が見渡せる、もちろん沖縄独特のエメラルドグリーンに輝く海だが、今はちょうど夕暮れ時、海に沈んで行こうとする夕日は東京で見るものと同じ太陽とは思えないほどに美しい。
「本当に……毎日こんな夕日が見られたら素敵でしょうね……」
それを聞いて純江は陽介の、父の顔を見る、陽介も軽く頷いた。
「本当にそう思う?」
「ええ、心から」
「ならばそうしないか?」
「え?」
「この家に住んでいたご夫妻がね、那覇に住んでる息子さんと同居することにしたんだそうだ、それを知った純江がね、この家が売りに出ている事を俺にコッソリ教えてくれたんだ」
「どういう事?」
「俺もこの三月で定年だ、もし良ければここに移住しないか? 純江の家からも近いし」
「東京のマンションは?」
「売ればいい、この家を買っても充分にお釣りがくるよ」
「ここに……住む……娘や孫たちの近くに……」
「ああ、自然環境も申し分ないだろう? 考えてみてくれないか?」
「ええ……ここに住みましょう!」
「おいおい、随分速い決断だな」
「そりゃ東京にはお友達もいるし、キルティング教室の生徒さんもいるけど、娘と孫、この夕日と天秤にかけたらガタンと傾いたわ、計る余地もないくらい」
「ならば決まりだな」
「ええ、新天地での新しい生活の始まり、しばらくは忙しくなるわね」
「そうだな」
純子は純江のお腹に手を当てて言った。
「聞いた? もうちょっと待っててね、慌てて出てきちゃダメよ、ババタンがお世話してあげますからね……」
「うん、わかったってお腹を蹴ってるわ」
「うふふ……あなた……」
「なんだい?」
「なんだか夢のようよ、こんなに幸せでいいのかしら」
「俺もだよ、プロポーズの時に粘って良かったとつくづく思うよ」
「だけど、あの約束は忘れてませんからね」
「え? なんだっけ」
「私より先に逝かないってこと……二度も未亡人にはなりたくないって言ったら、あなたは約束してくれたわ」
「ははは、そうだったね、でもここでなら長生き出来そうな気がするよ」
「ええ……毎日この夕日を眺めて、娘夫婦や孫に囲まれていればいつまでだって……」
一本の間違い電話から始まった物語はここで終り。
でも、『Memories of You』は今でも東京で次の『獲物』を探しているらしい……。
(終)
作品名:Memories of You 作家名:ST