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ふしじろ もひと
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novelistID. 59768
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『ヴァルトハールの滅亡』(『遥かなる海辺より』付章)

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「気がついたときはもう黄昏だった。城の彼方に沈みゆく太陽が赤く昏い光を投げかけていた。輝きを失くした城は黒い影の塊と化していた」
「馬は死んでいた。馬だけではなかった。地面のあちこちに鳥が翼を投げ出したままころがっていた。赤黒い光に染まったそれらの骸は血まみれのように見えた。だが、実際には血を流しているものは一つもなかった。もちろん私の胸にも傷一つなかった。
 なにが起こったのか、もうわかっていた。私が死なずにすんだのは神の加護に違いなかったが、起こるかもしれないことを私が知っていたせいでもあった。心のどこかで私はあの恐ろしい衝撃に身構えていたんだ。だが、他のものは助からなかった。そんなことなど知るすべもなかったのだから」
「赤い地獄のような恐ろしい世界を私はのろのろと歩んだ。もうわかっていることをただ確かめるためにだけ。領内のいたる所に無傷の死体が折り重なっていた。人も、獣も鳥も区別なく、流すことのなかった血のかわりに赤い光に染め上げられていた。真昼の太陽の下でのあの一瞬に颶風のごとく吹き荒れた死の爪跡が、ただどこまでも広がっていた。昏さをいや増す赤い大地を渡った私は、ついに影に呑まれた城の前に立った」
「見張り櫓から落ちたらしい衛兵が通用門の鍵を持っていた。影の落ちた城の中にも生き残ったものはいなかった。人間も軍馬も家畜も、犬猫やかごの鳥、果ては調理場の鼠に至るまで、傷なき骸と化していた。
 とうとう私は大広間に出た。高段に置かれた豪奢な玉座でこと切れていた男が張本人に違いなかった。その前の床に折り重なった骸の中に、ただ一つ血を流しているものがあった。小さな神と敬まわれた人魚だった。心臓を一突きにされていた。かたわらの呪い師の手が死してなお、紋様を刻んだ金杯を握っていた。心臓からの血を受けようとしたと一目で知れた」

「……おそらく、殺される寸前に人魚は意識を取り戻したのだろう。自分の置かれた状況もほとんど掴めないまま、胸を剣で貫かれたのだろう。その一瞬の苦悶が、死の苦痛が、その力に乗って爆発した。それがあの死の衝撃だ。感覚にじかに襲いかかった死の苦悶があらゆる生き物を死に至らしめたのだ。たった一人の男が不老不死の幻想に憑かれたせいで、海の民を殺してまで奪った人魚を無残に手にかけたばかりに、無辜の領民までが全滅した。最悪の結果というほかなかった」
「私にできることはもうなかった。乗ってきた馬も死んだいま、人魚の亡骸を運ぶすべもなかった。海から遥かに遠い山裾の麓を流れる川辺に、骸を憩わせるのがやっとだった。緑の髪を一房、私はルードの村に持ち帰った。海辺の民は小さな守り神の死を悼み、入り江の岩の上に祠を建てて人魚の髪を祀った」

「これが二度目の啓示の顛末だ。私の力が及ばなかったせいで、起きてしまったことなんだ……」
 ロビンは呆然としていた。疲れたように口をつぐんだラルダの顔に浮かぶやるせない表情を、ただ言葉もなく見つめていた。

                           了