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擬態蟲 上巻

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7 絹代との出会い



【擬態蟲】7 絹代との出会い

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zs&feature=relmfu
KHACHATURIAN Romance from Masquerade-Suite

その後、深くはないが浅くもない腹の傷が化膿したこともあり、桑畑権蔵は入院した。その間に彼の指示を受けた福田千吉は彼の内縁の妻の弔いを内々に行なった。桑畑権蔵を刺したふたりの娘たちは手配されたが見つからなかった。しかし彼は懸賞金をかけてでも、もういちど会いたい。
銭金ではないが幾許かのものを渡したい。
いや血を分けた娘たちを・・。もういちど・・。
しかしその願いは届くことは無かった。
退院して暫らくは酒も女も煙草すら吸わなかった。
如何に街の有力者であっても刃傷沙汰に及ぶとなると他人は近づき難くなり囲っていた西班牙の娘を抱こうとしても腹の傷が疼いてどうにもならない。しかし体調が回復すると、父二郎翁の住まう山の上の蔵を訪ねた。
荷物持ち兼杖代わりとして善一を連れて、広大な桑畑の続く丘の
頂上に位置する二郎翁の住まう土蔵へと息を切らしながら登ってゆく。
最後の石段を登り詰めると、振り返り登ってきた道を眺める。
「二郎翁は引退したあとここで隠居されておるのだ。
熊山の手下がいろいろな種類のおかいこを海の向こうから仕入れてきてな
いろいろと交配して新たな種類をつくる研究をされておるのだ。
実験棟ではできんやぅな複雑な作業をされておられる。」
善一は興味深く聞いていたが、土蔵が見えてくるとその異様なたたずまいに目を奪われた。二階建ての土蔵でその周囲は整然と片付けられ小さな畑となっている。
その先には井戸がある。こんな高い場所なのに井戸からは水が溢れ出ていて裏山に小川を流れさせている。春なら花に塗れて、さぞ美しかろう。
だが季節は冬になろうとしておりその光景は寒々とした荒涼としたものだった。その善一の光景を見るや桑畑権蔵は説明した。
「くにざかひの川から用水路が裏山に延びておるのは知っておろう。
あの先に縦に伸びる隧道を二郎翁はこさえたのだ。水が漏れない石作りの隧道をだ。それがこの井戸の真下から伸びておるのだ。さふいう頭の切れるお方よ、二郎翁は。」
といいながら井戸の向こうに佇む色白の女に気がつく。
なんとも気品の漂う整った顔で、しかし廓の遊女のような白粉の匂いもしないなんとも無垢な美しさに彩られた・・女。
だが無垢な割にはその体内から染み出すような妖しい色香は、権蔵を、そして善一を一瞬にして魅了してしまった。
権蔵ははて、どこの女中か?と思ったが、二郎翁が雇ったのだろうと思った。なんとも透き通るような白い肌にぬばたまの黒髪がくっきりと映える。しかしなんとも男自身に直接的に刺激を与える女なのか。
小僧の目の前であるから、久しぶりに感じる股間の高まりを、湧き上がる劣情を、おとなの余裕で隠さねばなるまい。
しかし、この女、妖しすぎる。
「お女中、二郎翁は居られるか?」と権蔵は女に尋ねると、
女は愛らしい笑みを浮かべ無言のまま、土蔵の二階を指差した。
権蔵はうなづくと、善一にここにいろと指示し土蔵に入っていった。
善一は女に見とれていた。
井戸から柄杓で水を汲み上げ口を漱ぐ・・たったそれだけの仕草になんともしれぬ“おんな”を感じ入ってしまった。
体は硬直し、えもいわれぬ感覚が善一の体の中から染み出しているようだ。なにか言葉に出して・・話をしたい・・そぅ思ってみても。
なにを話していいのか、わからない。
なにを知りたい。・・全てを知りたい・・だがなにをどうやって聞き出せば・・。
善一は思い悩んだ末、重い口を開けた。
「おなまえは・・」
すると女ははにかみながら「絹代・・」とだけいい、背を向けてしまう。
その白いうなじから頚にかけてのか細い曲線が更に善一を虜にした。
生涯これ以上の勇気を振り絞ったことは無い、と思えるだけの思いをこめて
「絹代さん・・」と声をかけると、こちらに振りむき明るい笑顔を見せる。
「あの・・ぼく・・善一・・福田善一といいます・・。」
おもわず握手を求めるように右手を差し出すと、絹代のまさに白魚のような
透き通るような指が善一に触れて、善一の心臓の鼓動は大きくなる。
ぁぁこれが女の指・・女の肌なのか・・。
見た目の派手な西班牙娘の辱めを受けた姿を見て以来、女というものに対しての
見方がわからなかった。所詮は人間も他の生き物とは変わらない。
欲望のままに互いの肉体を貪りあい、交わることで子孫を残してゆくのだ。
なんともその行為の汚らわしさを感じつつも、あの勤勉を絵に描いたような父上と
貞淑なよき母上にしても、あのような行いをしたから、こうして自分が居るのだ。
そう思うと塞ぎ込みがちになっていた善一であったが。
この女は違う。
じっと善一を見つめる絹代の瞳は穢れを知らぬ無垢なままで。
「絹代・・」と囁く。
その一種、白痴的ともとれるやりとりに善一の中では別な感情が生まれた。
“この人だけは守らなければ”と。
しばらくして桑畑権蔵が土蔵から出てきた。
異常なほどの緊張をしたような汗ばんだ顔のまま暫し無言でいた。
「善一、親父様が亡くなった・・。葬儀の仕度を。」
善一は急いで坂を下りて福田千吉に伝えた。
先だってのシルフィアの葬儀のようなものではない。
地元の名士であり、圓寅養蚕株式会社の創業者。
桑畑二郎翁の葬儀ともなれば社葬、地元葬という規模になる。
市長から隣村の村長やら内務省の役人やら様々な人間が弔問に訪れた。
そんななかに横濱外国為替両替所の頭取の大塚もいたが喪主の桑畑権蔵は
それどころではなかった。
立て続けの葬式に桑畑権蔵を慰める声もあったが、
「ひょっとしたらヤツが殺してるんじゃないか」という心無い言葉も飛んだ。
しかし桑畑権蔵の耳にははいらない。
二郎翁の五十日祭を終えて、桑畑権蔵は福田千吉専務を呼び出した。
「すまんが、ひと月ほどお諏訪詣での旅に出る。」と告げた。
馬や馬車を従えて、西班牙娘と絹代を伴って、桑畑権蔵は旅立った。

作品名:擬態蟲 上巻 作家名:平岩隆