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ホワイトデーには

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生まれて一番緊張したかも知れない。
 2月14日はご存知「バレンタインデー」
 女の子がチョコレートを持って好きな人に愛を告白してもいい日だ。今さっき、わたしは、その一大事をやってきた所だった。
 同じクラスの和也くんに告白をして来たのだった。今年高校に入学してから知り合った子だった。
 特別にスポーツマンでもないし、成績も良くはない。まあ、わたしと同じぐらいで、真ん中あたりをうろうろしている。でも、気が付いたら好きになっていた。いいや正確には一日中和也くんのことばかり考えていることに気がついた。
『今、何をやっているんだろう?』
 とか、本を読んでも
『和也くんだったらどんな感想を持つかな?』
 とか気が付くと何時も考えていた。これって、好きになったと言うことなのかな?
 実は、今まで男の子を見てもこんな気持になったことはなかった。だから、この感情が恋と言うものだとは全く気が付かなかった。それを知ったのは友達の長月玲奈に言われたからだ
「美紀、それを人は恋と呼ぶんだよ」
「え、知らなかった。その人のことが気になると言うことが恋だったんだ」
 今時の高校生としては、余りにも酷い答えだったのか玲奈は呆れてしまった。
「美紀はもしかして初恋?」
 その玲奈の言い方には驚きと、呆れと僅かな嘲笑が混じっていた。でもわたしにはそれに反論する答えなんか持っていなかった。
「和也くん。カワイイ顔してるものね。それに何時も美紀に優しいしね。あの子も満更じゃないのかもよ」
 無責任な玲奈の言葉にわたしは舞い上がってしまった。そう言えば和也くんは他の娘よりわたしに優しい気もする。果たしてそうなのだろうか? 
「今度の2月14日にはチョコ送ったら?」
「2月14日……ああ、バレンタイン!」
「ほんとに鈍いんだから……仕方がない、協力してあげるわよ」
 小学校からの友人の玲奈はそう言ってわたしに協力してくれることになった。そういう玲奈は今年はパスだそうで、来年に賭けるのだそうだ。要するにわたしに関わることで暇つぶしをしようと言うことなのだと考えた。でも正直ありがたい。持つべきは親友だ。

 それからは作戦を練ることになった。
「いい、手作りだからね! 素材のチョコはベルギー産のよ」
「そんなに高いの使うの? 国産でもいいやつ使えば……」
 戸惑うわたしに玲奈は
「駄目よ! ベルギー王室御用達。というのが貴重なのよ。第一夢があるでしょう」
 言われてみて、そうか夢の部分も必要なのだと思った。そして、わたしにそれが一番欠けてる部分だと気がついた。
 街の市場にある高級洋菓子の素材を売っているお店に行き、色々と揃える。買うものは多い。チョコの他にも色々と買わなくてはならない。型だってそうだ。ハートの大きな型が欲しかった。
「型はわたしのを貸してあげるわよ。色々と持ってるから。それから次は包装屋さんに行き、ラッピングの素材も買うのよ」
 玲奈はテキパキとわたしに指示をして行く。もしかしたら、わたしより乗っているかも知れない。こういうことって女の子の何か刺激させるのだろうか? 
 わたしは自分のことなのに何処か他人事みたいに感じていた。
 湯煎で溶かし、型に入れる。冷やして、表面にホワイトチョコのペンでメッセージを書いて行く。他の色で下手だが薔薇の絵も書いてみた。そんなことをしているうちに自分がこれを本当に和也くんに渡すのだとやっと実感が湧いて来た。想像するだけで耳まで真っ赤になる。
「あんた今から何上がってるのよ。失敗しちゃ駄目よ」
 一緒に作るのを手伝ってくれた玲奈が隣で呆れていた。
 でもそれやこれやで遂にバレンタインに和也くんに渡す手作りチョコは完成した。綺麗にラッピングも終わり、後は渡すだけとなった。
「あんた、呼び出せないでしょうから、呼び出すまでは手伝ってあげるからね。その先は頑張んなさいよ」
 本当に玲奈には感謝しきれないと思った。

 当日、放課後に校舎の裏手に和也くんに来て貰った。勿論玲奈が和也くんに声を掛けたのだ。
「もうじき来るはずだから頑張りなね」
 玲奈はそう言って消えてしまった。一人になると急に心細くなって心配になって来た。我が高校にはある種のルールがあって、男子は女子からバレンタインにチョコを渡されたら決して拒否してはならない。というものだった。それは、OKの返事ではなく、心を込めて作ってくれた女子に対する礼儀だと言うもので、返事は翌月のホワイトデーを持って返事とする。というルールがあるのだ。だから和也くんがわたしのチョコを貰ってくれないということは無いのだった。
 2月も半ばになると陽が伸びて来て、夕方でもかなり明るい。お陽様が長い影を作っていた。校舎の角から人の影が僅かに頭ひとつ飛び出して来たように見えた。やがてそれは完全に人の形となった。角を曲がって現れたのは和也くんだった。
「長月が校舎の裏で待ってる人が居るから行きなさい。って言うから来たのだけど、美紀ちゃんとは思わなかった」
 和也くんは明らかに戸惑っている感じだった。今日、こんな時刻にこんな場所に呼び出したら目的はバレているよね? 
 それでも、わたしはめげずに手提げから作ったチョコを取り出した。それを見た和也くんは表情を変えない。やはり嬉しくないのかな?
「正直に言います! 前からずっと想っていました。これを受け取って下さい!」
 今の自分に言えるだけのことを口に出して言った。ちゃんと言ったつもりだったが、声が震えてしまって上手く言えなかった。でも、わたしの告白を聴いた和也くんは
「ありがとう! 大事に食べさせて貰うよ。返事は決まり通りにホワイトデーにちゃんとするからね」
 和也くんはそう言ってわたしのチョコを、大事そうにしまうと帰って行った。暫くして玲奈がやって来て
「どうだった? 上手く言えた?」
 かぶりを振るわたし……
「声が震えちゃって……」
「そうかぁ、でも返ってそれが真剣だって感じが出て良かったかもよ」
「そうかなぁ……」
「そうだよ!」
 わたしは、この時の玲奈のポジティブな言葉にかなり救われた。思えば、いつもわたしが落ち込んでいた時に前向きなことを言って励ましてくれたと思い出した。
「こんな言葉もあるじゃない。『家宝は寝て待て』とか『人事をつくして天命を待つ』あるいは『細工は粒々、仕上げはごろうじろ』あ、これは違うか」
 わたしは例え和也くんに振られても、これほど友達のことに一生懸命になってくれる玲奈が嬉しかったので気持ちが楽になった。今度、玲奈の番になったらわたしが頑張ろうと心に誓った。

 2月は日が経つのが早い、あっという間に3月になった。和也くんの返事を貰えるホワイトデーはもうすぐだ。でも、その前に期末試験がある。わたしは必死に勉強した。あまり成績が悪くて和也くんに嫌われたくなかったからだ。
 試験前は部活も禁止になるので皆家に帰るのが早い。明日から試験だという日、わたしもホームルームが終わると急いで鞄を持って昇降口に降りて行った。廊下の角を曲がれば下駄箱だという所まで来た時に人の声が聴こえた。誰だかは直ぐに判った。玲奈の声だった。誰かと話をしているみたいだった。
作品名:ホワイトデーには 作家名:まんぼう