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竜翼のオプファー 1

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ディンド・ダリアの騎士であるテスフィ・ダンは、大蛇のようにうねるリンドブルムの山道をカラド河口を避けるように通っていたとき、竜の生け贄にされるエルフの少女に出会った。
 少女は、まるで葬列のような喪服で着飾った集団の中、一人花嫁衣装に似た絢爛豪華なシルク立ての衣装をまとい、その白無垢に恥じぬ、楚々とした佇まいで歩いている。頭に被ったうすぎぬのヴェールからわずかに覗く鼻梁は驚くほどに整い、また紺碧の瞳と金糸よりもまだ輝かしい御髪がそれに神秘的な彩りを添えていた。
 エルフなど昨今は都を歩いていれば十人に二人は見かける程度に珍しくはない。騎士として都に赴き、ここ数ヶ月を過ごしていたテスフィに取ってはエルフという異種族を目にする機会はこれまで数え切れないほどあった。最初こそはその美しさに目を奪われた物の、美しい物はすぐ飽きるという言葉の重みを知るに止まった。だが、同じエルフといえどこの少女の美しさは今まで目にしていたエルフが偽物だったと思わせるにたる物だ。
 テスフィは歩みを止め、思わず目の前を少女と葬列が通り過ぎるのを見届けた。見届けてのち、葬列の向かったリンドブルムの方角を眺める。
 かつては幸福の竜伝説が知れ渡ったこの地も、今や、竜の目覚めと共に一級の危険地帯と化している。往々にして竜とは幻想と信仰の狭間を生きる物であるから、幸福の竜伝説が古き物となり、新たな信仰によって竜が邪悪であると定められた以上、リンドブルムの竜もまた新しい信仰に倣い、そう言った性質を抱く事となった。
 竜は人を襲い、財宝を護り、信仰の敵となるべき邪悪として彼の地にいる。各地で起こったこの竜の変容は、様々な物語をこの世界にもたらしたが、その物語が完結するまでの間に苦しむのは何時だって新しき信仰を胸に抱き、竜を変容させる民であった。故に、信仰する人々は、邪悪が打ち破られる物語を心待ちに、しかし、今まで紡がれた物語のストーリーに逆らうことなく、怯えの中で日々を過ごしながら麗しの姫君を生け贄にやり続けるのである。
 テスフィは自分の身を包む板金に触れながら、腰にはいた剣を意識した。両方共に、自身が騎士である象徴であり誇りである。其処に刻まれた自身の家紋こそが自分の証であり、何よりも重たき物だ。テスフィは赤き竜の刻まれた家紋をそっとなぞると来た道を引き返し始めた。


 緑の薄い、小石の転がる山道がある。荒涼とした光景はこの地がかつて噴火したことを告げ、堆積した火山灰が緑の成長するのを拒んでいた。
 山道は荒れ果てた大地の上をゆっくりと蛇行しながら山頂へ続いている。ヴェルィ・レプストカは山道をヴェール越しににらみ付けながら歩を進めていた。歩いているのは生け贄にされるためである。この山頂にいるリンドブルムの竜に捧げられるために私は生を受け、いまこの道を歩いているとヴェルィは自覚していた。
 しかし、自覚しながらも、

(……未練です)

 何もかもを納得できているかと言われれば頷けない事実が、ヴェルィの気持ちを暗澹たる物にしていた。
 ヴェルィはエルフである。長い時を生きるエルフは、しかし、その大半の時間を森と神殿の中、信仰に費やして生きる。奉ずるのはこのヴェルト・エッシェという世界を創り出した神々と世界樹であり、信仰は永き刻を飽きる事無く生きるエルフ長年の智恵だ。
 故に、ヴェルィが生まれたときからその運命がドラゴンの生け贄であると予言されていたことも、またソレが避けられぬ運命であることもヴェルィは物心つく前から自覚していた。むしろ、周囲がそのように自分を扱っていることと、自分がどのような立場を求められ、そこからどのように生きるべきかを悟れたのは幼少期の周囲に聡い心のためだったところが大きい。結果としてヴェルィは生け贄以外の生き方をする時分が想像できないままに日々を過ごした。
 故に、未練は失われた幼少期ではなく、そこから過ごした人生で堆積した断片的な知識の為に生じたのをヴェルィは自覚している。
 そして未練とは足を重くし、あらぬ尾を引く感情の精霊であることをヴェルィは知っている。精霊の名をフェリシダ。

(同時に幸いを司る日常の精霊ですね……)

 ヴェルィは精霊の働きに抗うように、しかし晴れぬ表情のままリンドブルムの竜の住処をにらみ付けるように眺める。道はまだ長い。話し相手を求めて周囲のお付きを見るが、皆、俯き、葬列の鬱々とした空気を演出していた。とてもじゃないが話しかけられそうにない。仕方がないと、話し相手を諦め、ヴェルィは手慰みに持ってきた針金細工を衣装の裏から取り出した。これは、最近、この地方のエルフの間で流行り始めた「ネメジの輪」というおもちゃである。形状は、輪と輪が複雑に絡み合ったような形をしており、これを上手く取り外す事が出来たら成功という単純な遊びだ。名前元のネメジとは天罰を司る精霊で、エルフ的ローカルルールではこのネメジを実際に読んで制限時間を設け、もしそれ以内に解けなかったらリアル天罰が執行されるスリリングなゲームとなっている。一部愛好者の間ではネメジのことを「ネメジさん」と敬称をつけて呼ぶ事が流行っているが、

(だからといって、天罰を下され、悶えながら恍惚とネメジさんと叫ぶのはどうなのでしょうか)

 粘着質なスライム状の精霊に電撃を浴びせられながらブレイクダンスを踊り狂う仲間の姿を思い浮かべて、ヴェルィは首をかしげる。暫く考えてから、そう言う趣味のエルフも居るのだろうと納得することにし、改めて手元のネメジの輪に集中することにした。

(未練といえば、これも未練の一つですね)

 かちゃかちゃと手元の針金を弄りながら思うのは、自分がこのおもちゃを一度もクリアしたことがないという事実。実際は三回ほど輪と輪を分離させることに成功しているのだが、二度と遊ぶことが出来ないほどに歪んだ為か、周囲からはノーカンと言われた。ルールには抵触していないはずなのだが、それがなぜ駄目だったのかは未だ理解できていない。

(山頂に着く前にクリアできるでしょうか)

 出来ればいい、とヴェルィは思う。出来ればまた一つ、フェリシダの手が外れる。未練が軽くなればそれだけ、心残り無く竜に捧げられる自分に納得できるだろう。そうなれば、きっと、未練のあるままに捧げられるよりも効力があるに違いない。これは信仰の問題。純粋であればあるほどに信仰が尊いように。生け贄である私もまた純粋であればあるほど――

(私の次に犠牲になる人が少なくなるでしょう)

 そのためにも、と、ヴェルィはネメジの輪に挑む。

(まぁ、最悪、いつものやり方でクリアすれば問題なしですね)
作品名:竜翼のオプファー 1 作家名:こゆるり