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かなりえずき
かなりえずき
novelistID. 56608
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キヨスク探偵のおばちゃん事件簿

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キヨスクで働くおばさんは、
今朝も早くから荷物を売店へ運んでいた。

「あっ、すみません!」
「おっとっと!」

ホームで電車を待つ人にぶつかり、
重たい荷物につられて体がぐらぐらり。
なんとか売店に運び入れると、客が1人やってきた。

「レタスサンドとコーヒーを」

「はい。420円です」

いつもこの人はレタスサンドとコーヒーを買う。
ハムすら入っていないサンドイッチの何がいいのか。

客が立ち去り、また別の客がやってくる。
めまぐるしく入れ替わる朝の通勤時間。

事件が起きたのは、それから数分後だった。

※ ※ ※

「うわぁ、こりゃ顔ぐちゃぐちゃで誰かわかりませんな」

「なにか身元わかるもんは?」
「財布あります」

「よし、仏さんを運べ」

その日の朝の電車に男性が引かれて死んだ。
警察はホームに降りて現場検証を進めていた。

「まぁ、自殺だろうな」
「自殺でしょうね」
「これが都会の闇ってやつですな」

午前に起きた事件をその日の正午には終わらせて、
小腹がすいた警察官は売店へとやってきた。

「おばちゃん、おにぎり」

「事件は終わったんですか?」

「ああ、自殺だよ。自殺。
 仕事と家庭に疲れて電車に飛び込んだんだ」

警察官は被害者の自動車免許をおばちゃんに見せた。

「この人、今朝、ここで買い物してきました」

「……だから? 大丈夫、自殺だから呪われたりしないさ」

「そうではなく、どうして買い物するんですか」

「は?」

警察官はおばちゃんの質問に目を丸くした。

「だって、これから自殺する人がわざわざ買い物しますか。
 今朝死ぬのに、お昼ご飯を買うなんておかしいじゃないですか」

「それは……あれだよ。普段の日常を過ごしているうちに、
 ふと自分の人生に絶望して……とかそんなんだよ」

「それに、この電車を選ぶのも不自然じゃないですか?
 私、ここでいつも仕事していますが、
 飛び込み自殺するならもっと早い電車に飛び込みませんか?」

「それは……」

このホームで止まる電車である以上、減速は行われる。
自殺するなら回送電車のような止まらない電車の方が確実だ。

「それに、お客さんから聞きました。
 飛び降りた人は車輪に顔を巻き込まれたって。
 死ぬことを考えている人がそんなに器用に落ちれますか?」

「ああ! うっせぇな! 何が言いたいんだよ!」

「本当に自殺なんですか? 捜査は正しかったんですか?」

「売店のばばあに何がわかるんだよ!!」

「私はここで毎日いろんな人の顔を見ています。
 ホームにやってくる人はパターン化されるので覚えています。
 私にとってはお客様である以前に家族に近いんです」

「だったら! 誰が犯人なんだよ!
 ここはあんたの売店のせいで監視カメラの死角なんだよ!
 犯人なんてわかりっこない!」

「それは……」

売店のおばちゃんは今朝の出来事を必死に思い出した。
忙しさに細部までは記憶していないが、
1人だけ新しい人がホームにやってきていたことに。

「……今朝、黒いコートの人がこのホームに始めてきました。
 その人はたしかに、あのホームに立っていました」

おばちゃんが指さしたのはまさに事件現場のホーム。

「じゃあ、そいつが被害者を突き落としたってのか?」

警察はそういうと、大きな声で笑った。

「あははは! やっぱり素人だな! そんなわけない!」

「え?」

「いいか、被害者はいつも電車の到着前にここで買い物をしてから並ぶ。
 そのせいでいつも列の最後尾なんだよ。後ろには誰も並ばない!」

口ごもるおばちゃんに警察はなおも言葉をあびせる。

「それに、被害者の手提げバッグは重かった。
 重心が低くなって、安定して立つ被害者を押したところで
 バランスを崩す程度で突き落とすことはできないんだよ! ばーか!!」

おばちゃんは何も答えずにじっとスポーツ新聞に目を落としていた。

「ってわけで、この事件は自殺だ。
 素人が首を突っ込むんじゃねぇよ。はい、終わり終わり」



「待ってください」

おばちゃんは警察を引き留めた。
その頭の中には今朝の自分の経験が思い出されている。

「重い荷物を持っていても、相手を突き落とす方法があります」

「まだそんなことを。あるわけないだろう」

「移動中です。移動中なら簡単にバランスを崩せます」

おばちゃんは思い出していた。
今朝、思い荷物を売店まで運んでいる時、通行人にぶつかって
荷物に引っ張られてバランスを崩してしまったことを。

「犯人は先に並んでいたんです。
 そして、被害者がやってくると列から離れたんです」

「どうしてそんなことを……」

「列から離れれば、列を詰めて先に動くでしょう?
 そのタイミングで被害者を突き飛ばしたんです」

「なっ!」

たとえ一歩でも体が不安定な状態になれば、
バランスを崩すことなんて容易だ。

そして、被害者は荷物に引っ張られて線路へ……。

これにはさすがに警察も目からうろこが落ちた。

「なんてことだ!! おい! すぐに犯人を捜せ!
 犯人は、今朝ここに並んでいた人間だ!」

幸い、被害者のホームはいつも人が並ばない場所。
犯人とおぼしき容疑者は1人しかいない。

「おばさん、捜査協力ありがとうございました」

「いえ、私はここで人を見ているだけですから」

警察は自殺から殺人事件へと捜査を切り替えた。
けれど、犯人はいつまでたっても見つからなかった。


 ・
 ・
 ・

事件のことも忘れ去られたころ、
おばちゃんは今日も売店で忙しく働いていた。

「いらっしゃいませ、何にしますか?」

「そうですねぇ」

帽子を深くかぶった男は売店をぐるりと見回した。


「いつも通り、レタスサンドとコーヒーを」


おばちゃんは言葉を失った。
警察が見せた被害者の免許証の写真。
死んだはずの被害者が、今目の前で買い物している。

「それじゃ顔がわからないようにしたのは……!」

「おばちゃん、お釣りはいらないよ」

男はお金を置いて電車でどこかへ行ってしまった。
それ以来、このホームでレタスサンドを買う人はいなくなった。