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daima
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小さなトルネード

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頑張れー、力むんじゃないぞー。ん? 待てよ……。塁審してちゃ声援を送れないじゃないか。審判員が特定の選手に○○頑張れー!なんて言ってたら怒られるに決まっている。

こんなに近くで応援しているのに……もどかしい。今、私達親子の前には努力だけでは超えることのできない大きな壁が立ちふさがっているのだ。


《カッキーーン!》


と思っていたら、陽平の打球がいとも簡単にその壁を超えていった。

センター方向に大きなフライがあがる! 二塁審である私は、その打球を全速力で追いかけなければならない。もちろん、ボールを捕球できたかどうか判断する為である。

大丈夫、その為に朝のジョギングは欠かしていない。

打球の落下地点を目測した中堅手がグラブを頭上に構え、スッポリとボールはその中に吸い込まれた。


私は走るのを止めて即座に立ち止まり、握りこぶしを天空に突き上げた。アウトーー!

ではない。

この時塁審が発する言葉は、捕球できていれば『キャッチ』捕球できずにボールが落ちれば『ノーキャッチ』これはプロ野球でも同じである。なのでこの場合は……


「キャーーーッチ!!」


愛息がチャンスで放った打球のジャッジに、声も拳の握りっぷりも普段より三倍増しだ。できれば落としてほしかったけれど。

すぐさま三塁ランナーがホームを目掛けてタッチアップ! 城咲フェニックスに待望の先制点がもたらされた。

その後も制球の定まらない陽平がフォアボールでランナーを出すものの、何とか踏ん張り試合は膠着状態が続いた。

そして一対零のまま迎えた最終回の七回表、相手チームの攻撃。陽平は先頭バッターをこの日五つ目のフォアボールで出塁させてしまう。

ここで相手チームの選択は送りバント。難なく送って、ワンナウトランナー二塁となってしまった。

ここで打席に立ったのは……アイツだった。

ショートを守る背番号六番。脳内宣言したものの、私が今だアウトコールを食らわせられていないあの生意気クソ坊主だ。

学校でもよほど人気者なのだろう、チャンスで巡ってきたヒーローの登場に相手ベンチも保護者席のギャラリーも大盛り上がりである。


背中から陽平がガチガチなのが伝わってくる。何もできない私。嘲笑うかのように六番が打席で気合の雄叫びを上げた。


「シャーーーー!」


だが、せめてもと丁寧に間を置いてからセットで投じた一球は、無常にも……ボール。


そして後はお約束。雪崩のように、ボール、ボール、ボール。


「ボール!フォア!」


球審がファーストを指さして六番に進塁を告げる。


「ラッキー♪ 何ビビってんねん、このヘタレ」


六番の呟きが耳まで届いた所で、私のフェアープレイ精神はもう崩壊寸前だった。今にも叫びそうになる声を何とか押さえ込む。


(逃げるな陽平、バックを信じてここを踏ん張れ)


次打者がバッターボックスで構える。劣勢に立った時の相手バッターは本当に大きく怪物のように見える。陽平は明らかに冷静さを失っていた。

球場全体から視線の威圧がうねりを上げて陽平に迫ってくる。この状況からただ解放されたい一心だけで投げた、いや投げさせられた隙だらけの棒球を相手チームは見逃さなかった。


「走ったーーー!!」


まさかのダブルスチール! 味方ベンチが叫んだ時にはもう遅かった。慌ててキャッチャーがセカンドへ送球するが、私の答えは一つだけ。


「セーフ……」


パンパンと土埃を払いながら、半笑いで六番がゆっくりと私を見上げて呟いた。


「声ちっさ」


もうダメだ!限界だ! このピンチに応援できなくて、何が父親だ! 叱られたって構うもんか。


「頑張れ!陽平ーーー!!」


言った、ついに言ってやったぞ。球審からの注意も覚悟の上だったが、どうも様子がおかしい。皆私の声には気づいてさえいないようだ。

それもそのはず、私の声はもっともっと大きな声に掻き消されていたのだ。

そう、大きく太い野茂英雄の『タイム!』のひと声に……。

ゆっくりと本部席を立った野茂がマウンドへと近づいていく。球審がプレイを止めた。

何事かと一斉にざわめき立つギャラリー。でも忘れちゃいけない、今日はNOMOベースボールクラブの野球教室。この人こそがルールブックなのだ。

何やら陽平に声をかけ、握りを確認する。そして、試合中にも関わらず投球練習が始まってしまった。呆気にとられる球場内。

だがこうなると、周りはもう見守ることしかできない。一球、二球、三球……。明らかに球筋が変わっていくのが分かる。

そして陽平が五球目を投じたところで、また何やら言葉を交わす二人。

あ、陽平が笑った。

そして、バンッと陽平の背中を叩いた野茂は小走りで本部席に帰っていった。


「プレイ!!」


球審が人差し指を前に出し、試合の再会を告げた。

もう私から陽平の顔は見えないが、そこには先程までのガチガチのエースの姿はなかった。


その小さな背中は、これから竜巻でも起こせそうな程に堂々としていた。


(パン!)  「ストライーック!」


キレのいい乾いた衝突音がキャッチャーミットから響き渡る。相手バッターの、嘘だろ?って顔が気持ちいい。


(パン!)  「ストライーック!!」


そう、君たちは最後にして最大のチャンスを失ってしまったのだよ。ムハハ、私はなーんにもしてないけれどね。


(パーン!!)


バットがボールの遥か上で空を切った瞬間、球審が叫ぶ!


「ストライクスリーー!!」


《うおおおおおーーーーー》


エースの生まれ変わった姿に、フェニックス陣営は沸きに沸いている。


そして……。


(パーーン!!)


この日陽平が投じた中で一番の捕球音が響いたのは、意外にもキャッチャーミットではなかった。

勝利へのバトンを受け取った遊撃手が、不意をつかれ大きくリードしたままの憎っくき六番にタッチする。


「マ、マジかいやーー!」


フウゥーーーー。

私は生まれてから今までで、一番たくさんの空気をこの胸いっぱいに吸い込んだ。


「アアウットーーーーーーーー!!」


ああ、天空に突き上げたこの拳をもう戻したくはない。ありがとう陽平、お前ひょっとして最初からこれを狙ってたんじゃないのか?


悔しそうな背番号六番が、私への最後っ屁を吐き出した。


「なんや、デカい声出るやんか」

「そうだろ? なんたってベテラン塁審だからな」


その会話を聞いた陽平が誇らしげな笑顔を湛えながら、こちらを見て目配せして見せた。

なあ陽平。あの時野茂さんに何て言われたのか、絶対に後で父さんに教えてくれよな。



〈了〉
作品名:小さなトルネード 作家名:daima