あなたが残した愛の音。
第4章 バスケ部
「次長ぅ。どうして『パパ』って呼ばれてるんですかぁ?」
部下の女性は、ローストビーフを頬張りながら聞いた。
「ほらほら、食べながら喋るとみっともないぞ。だから主任は、彼氏できないんじゃないか?」
「あー。それ、セクハラですよ」
「そう取るか? じゃ、食事に誘った時点でアウトだと思うけどな」
「おごって貰えるならいいんです。(笑)」
「だから彼氏できないんじゃ・・・、まあそれはいいか」
「あはははは」
「で、パパってのは、いろいろ有ってね」
「お気に入りの女の人なのは、よーく分かりますけど。変に疑っちゃいますよ」
「ははは。うちの娘とすごく仲がいいんで、以前から娘とよく遊んでくれてるんだけど、娘が呼ぶのを真似て『パパ』って呼んでるだけだよ」
「娘さん、小学生でしたよね」
「うん。家族ぐるみでのお付き合いなんでね」
「娘さんも、ピアノ習ってるんですか?」
「うん。今は時々、遊び程度に」
博之は、ウェイトレスとしてきびきびと働く愛音を、遠目に見ながら話したが、部下の女性は、その向こうの童顔のウェイターを見て、聞いていたかもしれない。
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フレデリック・ショパンのピアノ曲が流れるカフェで、博之の前に座る初対面の愛音の表情が、少し柔らかくなってきていた。切ないショパンの調べは、人の心を落ち着かせる。母の昔話を聞いて、愛音は少しリラックスできた。
コーヒーが二つ、テーブルに運ばれてきた。ウェイトレスがテーブルに置く間、二人は暫く無言になったので、
「お砂糖はいりますか?」
と博之が聞いた。
「はい」
「僕はブラックがいいので」
と言いながら、シュガーポットを愛音の方に差し出した。
「甘いものがお好きなら、ケーキ食べますか? アップルパイがおいしいですよ」
博之は、彼女の印象から、自分が心配していたようなトラブルを持ち込まれたのではなく、母親のために何かできることを模索して、一所懸命になっているんだと感じていた。それで協力できることがあるのならと、彼女との間にいい関係作りをはじめた。
「ケーキは結構です。さっきお昼食べて来たばかりですので」
「そうですか。結構ストイックな性格なんですね」
「ええ? そんなこと無いです」
愛音は少し真顔になった。
「あ。その表情、ひとみ先生にそっくりです。なんというか、負けず嫌いな感じが」
「ふふふ、母をよくご存知なんですね」
作品名:あなたが残した愛の音。 作家名:亨利(ヘンリー)