あなたが残した愛の音。
博之は、愛音に見舞いの花束を渡して、ベッド脇に近寄った。
「体調はいかがですか?」
「最近はちょっと悪くて、あまり起き上がれないんです」
愛音が応えた。
「今日、愛音さんから話を聞きました。突然のことで驚きましたよ」
「そんな突然に・・・本当にごめんなさい」
ひとみ先生は、顔を伏せて泣いたまま、起き上がろうとした。
「無理しないで下さい」
愛音は洗面台で花瓶に水を入れていたが、起き上がろうとする母親のためにベッドに近寄り、背もたれを起こしてやった。その時もひとみ先生は、博之の顔をうつむいて見ようとしない。
「娘の秋日子です」
博之の後に隠れるように立つ娘を、ベッド横まで誘導して紹介した。すると、ようやくひとみ先生は顔を上げて、
「わざわざ来てくれて、ありがとうね。いくつなの?」
「5さい」
秋日子は5本の指を開いて答えた。ひとみ先生は、
「そうなの」
と言って、愛音の方を見た。愛音はそれに頷いて応えた。そして、博之の持ってきたカサブランカの花束を花瓶に生けて、明るい窓際のサイドテーブルに置いた。
「先生とは、短い付き合いでしたので、どんな花がお好みか分からなくて」
「そうだったわね。この大きなユリ、とても好きよ。ありがとう」
「お見舞いにはどうかと思ったのですが、愛音さんから、先生はこの花の香りがお好きだと教えてもらいましたので」
「ユリの花をもらうのは、これで2回目ね」
「秋日子ちゃん。ジュース買いに行こうか」
二人だけになれるように、愛音が外に連れ出そうとしたが、まだ幼い秋日子は、病院の雰囲気に怖がっていて、博之のもとを離れたがらなかった。
「あき、お姉ちゃんのお手伝いしてきてくれる?」
「あきちゃん、お菓子も買ってあげるよ」
愛音は、不安そうな秋日子の手を引いて、病室を出て行った。
雲の切れ間から、西日が差し込んで、カサブランカを明るく照らした。博之は、ひとみ先生と二人っきりの病室で、咳払いをした後、話し始めた。
「どうしてもっと早く、連絡してくれなかったんですか」
「ごめんなさい」
「もう謝ってばかり」
作品名:あなたが残した愛の音。 作家名:亨利(ヘンリー)