ひこうき雲
井川の店でキャリアカーに乗り換えると、数百メートル離れた駐車場に移動する。
「早いとこ、コンクリートで固めたいんだけどね」
と言いながら、運転台からひょいっ、と飛び降りる井川に不慣れな俺がワンテンポ遅れてついて行く。固く踏み固められた土だが雨が降れば泥だらけとなるだろう。整然と並ぶ、色褪せた車たちの中に、たった1台シルバーのシートを被る、四角張ったシルエットは、正に俺の愛車ジムニーだった。
「おっ、こんなに丁寧に-」
礼の言葉を言い切る間もなく、シートをはずしに掛かる井を手伝う。
「いやー、こんなに丁寧に保管してくれて、ありがとう」
慣れないシートを、引っ掛けて破かぬように慎重に外しながら礼を言う。
「なんのなんの、お安い御用さ、動かなくても大事な車だろ」
慣れた手付きでシートを外しながら井川が笑う。
もう一度礼を言った俺は、あのときのままの愛車を撫でた。
俺は後ろから、井川は運転席のドアを開けてハンドル操作をしながら2人で愛車を押していく。驚くほど軽く動く愛車だが、荷台ごと斜めになったキャリアカーまでの、わずか数mで汗だくだ。ウィンチを繋いで荷台に引っ張り上げると、井川のレバー操作で荷台が動き出し、トラックらしい形に戻る。
冷房が効いたトラックの運転台に乗り込むと、冷水に飛び込んだように体の隅々まで一瞬にして冷やされる。
「あ、んだんだ、これ。忘れる前に渡しとくよ。」
タオルで汗を拭っていた井川が、思い出したようにツナギの胸ポケットからビニールに包まれた物を取り出すと「おっと、ごめんよ」といいながら、俺の前のティッシュボックスから、一枚取ると、ビニールについた汗を拭き取り、その中からさらにビニールシートに入った葉書のようなものを俺の目の前に差し出した。
「懐かしいべー」
差し出されたのは、写真だった。眩しく輝く濃紺のジムニーと、その前に立ち、ピースサインをする幼児と、後ろから包み込むように抱いて写真に映る若き日の俺。
「おお-、懐かしいねー。これって、この車の納車のときだよね」
「そうなんだよ。記念に撮ってあげたのに、ずっと渡すの忘れててさ。悪いねー。こんときの雄人君って、何歳よ?」
井川の丸顔に刻み込まれた皺が、笑顔を作る。皺が増えても子どもの頃から変わらない、思いやりに満ちた笑顔。
「うーん、確か3歳だったな、ちょうどジュニアシートが使えるようになったときだったからね」
「ってことは、この車が19年目だから、大学4年かい?いやー、あっという間だなー。ん、ってことは、来年は就職かい?」
満面笑顔の井川が目を丸くする。
「そうなんだよ。あっという間だよなー。いやー、写真ありがとう」
-あの頃はよかったな-
俺は、今の状況など想像もできないであろう幸せの笑みを向ける、写真の中の俺に語りかけた。