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尖閣~防人の末裔たち

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29.CIC


「あと5分で「うみばと」が着艦します。」
 三田が太い首をひねって、背後の倉田を振り返る。
「ありがとう。ちょっと顔を出してくる。」
 モニターを見ていた倉田は、三田の肩を軽く叩いて機敏な動作で体の向きを変えると、CICを後にした。
 飛行甲板へ向かう通路の途中、医務室の前に人だかりがあり、通路を塞いでいた。いつもなら異常なくらい周りに気を配る彼らが、通路を通ろうとしている人に気付かず、通路を塞いでいるということ自体にも気付いていないようだった。さらに近付くと倉田に彼らのやりとりが聞こえてきた。。
「輸血するんですよね。私は、Rh+のA型です。私の血を使ってください。」
「気持ちは嬉しいが、医務室にはちゃんと血液があるから大丈夫だ。今は総員即時待機中じゃないのか?速く持ち場へ戻るんだ。」
 若者たちの声に島田が圧倒されているように映る。そして、その想いが倉田の心を温かく包み込む。
「艦内の血液は少ししかないんですよね。足りなかったらどうするんですか?私もRh+のA型です。使ってください。」
 彼らは、倉田に気付いていない。倉田にとっては内容的に声を掛けずらい状況だったが、敢えてそれは聞いていなかったことにした。
「何かあったのか?」
努めて穏やかな表情で、そして何も知らず通りかかっただけ、という目で倉田が問いかける。
「艦長。」
島田の表情に光が差す。島田は、説明を続けた。
「いえ、こいつらが、息子さ、もとい、海保の負傷者に輸血させてくれ。と申しまして。。。」
島田の語尾が濁る。
「いや、いいんだ。あれは私の息子だ。君達。ありがとう。だが、今は、総員即時待機中だ。実際に予断を許さない状況にある。持ち場に戻ってくれ。血液が足りなくなったら、艦内放送を入れる。その時は、よろしく頼む。」
倉田が、諭すような口調で若者達に告げた。
「了解しました。」
若者たちは、一様に壁に背を向け整列し、倉田に敬礼を送った。
「ありがとう。」
倉田は、若者たちにもう一度礼を述べると、敬礼をしたまま1人1人に目を移し、丁寧に頷いて見せた。そして、若者たちは右向け右をすると、それぞれの持ち場へと散って行った。倉田は、その真剣な眼差しのまま静かに見送った。
家族よりも強い絆。。。艦長職となって以来、倉田が持論で「強い護衛艦創りの原点」としてきたものが、今着実に根付いている。。。倉田は、熱い何かが体の芯から込み上げてくるのを感じた。この充実感と幸福感、初めての感覚だった。それを息子が負傷した時に実感することになった自分の星周りの悪さに自嘲の笑みを浮かべそうになった。
笑っている場合ではない。倉田は、自分に喝を入れると
「島田さん、実際血液は足りているのですか?」
倉田は熱を帯びた真剣な眼差しで、島田を見た。
「出血の程度によると思いますが、ここで止血出来れば、まず、大丈夫でしょう。ただし、内臓の出血は完全に止められるか分かりません。内臓の出血量が多く、止まる見込みがない場合が危険と考えています。そうなったら、先ほどの若い連中の助けが必要になります。そうなると、」
普段とは打って変わってハキハキと澱みなく続ける島田の言葉に、やはり医師なのだな。と倉田は頷きながら聞いていたが、急に倉田は顔色を変えると、
「えっ?映画のように、直接人から人へ輸血なんて出来るのですか?それにいくら血液型が同じでも大丈夫なんですか、その、、、検査もしないで。」
倉田らしくなく、島田の話を途中で遮って不安を露わにしてしまった。
島田は、話を遮られて倉田らしくない反応に驚きの目をしていたが、目尻を緩めるとハハハと大きく笑い、答えた。
「艦長。私はあなたの艦で無駄飯を喰ってるわけじゃあないんですよ。普段から乗員の健康状態を諳(そら)んじられるほど把握しています。安心してください。大丈夫です。いちばん元気のいい血の奴から抜かせてもらいます。
とは言っても、正直、直接輸血はやりたくないですね。その後の経過が心配ですから。。。ただ、命には代えがたい。最後の手段ということにしますので、ご安心ください。」
笑っていた島田は、話の後半には真面目な表情になっていた。
「よろしくお願いします。」
倉田は、今日何度目かの同じ言葉を丁寧に島田に言うと、会釈をしてその場を立ち去った。
倉田は、何人かの乗員に答礼をし、擦れ違いながら、飛行甲板を目指して艦尾方向に速足で進む。格納庫の日陰から飛行甲板に出ると、現場にも出ずにCICの薄暗い部屋に閉じこもっていたことを責めるかのように、容赦なく夏の日差しが溢れ、強い白色が倉田の視界を支配する。
目を細めた倉田の視界が周囲の明るさに慣れるのに比べ、耳が慣れるのは一瞬だった。たった1対の大きな羽根で風を切る最近では少数派になってきたシーソーローターのベル212型特有のボドボドというスローなリズムの重低音が倉田の耳が捉えた。
目が慣れてくる頃には、重低音はさらに大きくなり、海上保安庁ベル212型「うみばと」が目の前に迫っていた。その背後には「いそゆき」が掻き回した海水が泡を立てて白い航跡を曳いているのが見える。
目の前では、自動車レースのチェッカーフラッグの様な模様の上着を着て、頭全体を覆う戦闘機パイロットのようなヘルメットを被った着艦誘導員が左手に赤、右手に緑の旗を持ち、左右いっぱいに両腕を広げた後、前ならえの様に体の前に揃え、そのまま頭上に挙げる動作をゆっくりと繰り返していた。
倉田の目にコックピット左側で操縦しているパイロットの真剣な表情が入ってくる。普段は、副操縦士である昇護が座っている筈の席に座る男が操縦しているのが見えた時、もしや、昇護は無事なのではないか。と艦長としてはあるまじき淡い期待を掛けていたが、今、手に取るように分かるパイロットの顔は昇護ではなかった。その隣の席で首を垂れているのが昇護なのだろう。顔が見えなくても、感覚で分かる。それが親と言うものなのかもしれない。
着艦誘導員が広げた腕を正面へは運ばず、ゆっくりと上下し始めると「うみばと」は、飛行甲板上に接する直前で機体の傾きを微調整をしている。間もなく誘導員が素早く体の正面で旗を交差させて再び両腕を広げ真っ直ぐに腕を伸ばす。すると「うみばと」は、見えない台に載ったかのように空中で微動だにしなくなった。その状態に異常が無いことを素早く確認した誘導員が、真っ直ぐに広げた腕を一気に降ろすと、まるで、暗示が解けたかのように、「うみばと」が飛行甲板に着艦した。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹