小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

尖閣~防人の末裔たち

INDEX|87ページ/214ページ|

次のページ前のページ
 

10分前に那覇基地を離陸した海上自衛隊岩国基地第31航空群第71航空隊所属のUS-2「SEAGULL-02」は、管制の指示に従い、見るからに重そうに見える船形の胴体を大きな翼と4つのプロペラで夏の沖縄の熱い空気を掴みながらゆっくりと上昇を続けていた。風向きの関係で南へ向かって離陸したSEAGULL-02の眼下には、糸満港が広がり、大小様々な船舶の白が、濃い色の景色に眩しいコントラストを放つ。その先には喜屋武岬と平和の塔が見えてくるはずだった。
「Seagull-02,Naha Tower.Direct GRASE.Crime and maintain 2000.Contact Naha Control 123.9 GoodDay.(シーガル02、こちらは那覇管制塔、高度2000フィート(約600m)まで上昇し、グレースポイントに直行せよ。那覇航空路管制と123.9MHzで交信せよ。良いフライトを。)」
それぞれのヘッドセットを通して操縦席2人のパイロットに明るい女性の声で那覇管制塔からの指示が入る。女性管制官の声は、クリアーで聞き取り易い。しかも丁寧に聞こえる。その声音から想像を膨らませ好みのタイプかどうかまでが話題となりコックピットを賑わす事もある、いわばコックピットの花的存在だが、多分、当の女性管制官達にはどうでも良い話なのかもしれないが、CA(キャビンアテンダント)のいない自衛隊機、しかも11人もの男達が乗るUS-2では、間違いなくフライトに花を添えてくれている。
グレースポイントは、架空の目印であり、実体は存在しない。道路のように通るべき道そのもの目印も交差点も空中には存在しない。このため、架空のポイントや、無線施設による標識などによる航空路という空の道が構成されている。この航空路を交通整理するのが航空路管制であり、日本が担当する空域を那覇、福岡、東京、札幌の4つの管制部で分担している。そして各空港から航空路までの誘導、交通整理を行うのが管制塔を始めとする各主要空港の管制部門である。
「Naha Tower,Seagull-02 Roger,Direct GRASE.Crime and maintain 2000.Contact Naha Control 123.9 Thank you.GoodDay.(那覇管制塔、こちらシーガル02、了解。高度2000フィート(約600m)まで上昇し、グレースポイントに直行する。那覇航空路管制と123.9MHzで交信する。ありがとう。良い一日を。)」
コックピット右側の操縦席に座った、副操縦士の小林3尉が、那覇管制塔と交信をし、無線のチャンネルを123.9MHzに設定する。
「Naha Control,Seagull-02 To Iwakuni.Aproaching GRASE Criming to 2000.(那覇航空路管制。こちらシーガル02、岩国へ向っています。只今、グレースポイントに接近中、高度は2000フィート(約600m)にむけて上昇中。)」
「Seagull-02,Naha Contol Roger.Rader contact.Report When passing GRASE.(シーガル02、こちら那覇航空路管制、了解。レーダーでキャッチしました。グレースポイントに差し掛かったら報告してください。)」
今度は、中年男性の声が響いて来る、低くアクセントの少ない口調で、聞き取り難い。小林は内心がっかりする。
「Naha Contol,Seagull-02 Roger.Report When passing GRASE.(那覇航空路管制、シーガル02、了解。グレースポイントに差し掛かったら報告します。)」
交信を終えると、小林は、「ふ~っ、」と長めに息を吐いた、あと数分は交信の必要はない。
「おい小林、那覇タワーに「サンキュー。」は無いだろ。」
交信がひと段落したのを見計らって、左側の操縦士席で、操縦桿を握る谷津1等海尉が、からかいの声をあげた。ニヤニヤしながらチラッと小林を見ると、すぐに前方に向き直る。
「えっ、サンキューって言っちゃダメなんですか?やっぱ我々が余計なことを言うのは厳禁なんですかねぇ。民間じゃ、よくやってるじゃないですか?ウチだけだめってのは、どういうことなんですかね。コミュニケーションを円滑にするためには同じ立場じゃないんですか?」
小林は、驚きというよりも、怒られるのではという恐れに目を丸くし言葉を返す。言ってしまったことは弁護しようがない。
「おいおい、そういう意味じゃないよ。どうせ言うならもっと気の利いた事を言えってことだよ。あの管制官はきっとお前好みの美人だぜ、年齢はずばり31、お前の1つ上だ。ちょっとアネさんが好きなんだろ。」
谷津は、前方から左、左から前方その動きを上下にも振り他の航空機を警戒しながら、小林をからかい続ける。小林も周囲に目を配りながら、顔を真っ赤にする。以外に初心(うぶ)な30歳、独身男だった。
「どうしてそんな事が分かるんですか?会ったことがあるわけでもないのに、失礼ですよ。」
小林は、谷津に真面目な目を向けると、さり気なくND(ナビゲーション・ディスプレー)に目を移す。GRASEという文字の添えられた三角形のシンボルには、まだ達していない。
-もう少しからかわれるな-
小林は、こういう会話における谷津への対応が未だに苦手だった。何を言わんとしているのかが分からなくなる。GRASEポイントを通過すると、沖縄半島の南端を舐めるように左へ大きく旋回して、沖縄本島東側の海上を北上する計画だ。GRASEポイントに達すれば、忙しくなり、この会話も無かったかのように消滅するはずだ。
「大体お前は堅すぎるんだよ。そんなんじゃ、嫁さんもらえんぞ。もっと柔軟になれよ。」
谷津が右の人差し指で自分のこめかみの辺りをつつきながら、目尻を上げて小林を見た。
「自分は、」
と小林が語気を強めようとした時、機内通話の呼び出し音が鳴る。多分機長からだ。
救難チームのリーダーとして指揮をとるUS-2の機長はパイロットではなく、機内中央の多目的モニター卓で任務についている。
小林は、谷津を一瞥すると、機内通話に切り替えた。
「はい、こちらコックピット」
小林は救われたように安堵の声音で返事をマイクに吹き込むす。
「佐々木だ、新しい命令を受領した。尖閣へ向かってくれ。救急搬送だ。海保のヘリが銃撃を受けた。」
小林の安堵の表情が一気に凍りつく。谷津は珍しく神妙な顔つきになる。
「撃墜されたんですか?
中国人に撃たれたんですか?
負傷者は何名ですか?」
先程とは打って変わった谷津の声が矢継ぎ早に質問する。箇条書きのように区切るのは、こういう時の谷津の癖だ。
「いや、まだ中国人にやられたと決まったわけではない。副操縦士が弾に当たって重体だ。ヘリは「いそゆき」に着艦して応急手当を受ける。我々は「いそゆき」から那覇へ、負傷者を搬送する。時間との勝負だ。」
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹