マニュアル人間を助けて!
日課である朝のニュースを見ようとテレビの電源を押す。
「あれ? つかないぞ?」
テレビはうんともすんとも言わない。
「壊れたのか。マニュアルどこ置いたっけな」
分厚いマニュアルを取り出して広げた。
「えーーと、テレビが付かないときは……」
①電源が入っているのかチェックしましょう
「……まあ入ってるな」
②コンセントが挿されているかチェック
「じゃなきゃ異常に気付けないな」
③電気代は支払われているかチェック
「いい加減にしろ――!!」
思わずマニュアルをぶん投げた。
「なんだこれ!? さっきから俺を誰だと思ってる!
国会議員で高学歴の俺が、こんな初歩的なミスするか!!
電気代払ってないのにテレビつけるわけないだろーー!!」
はぁはぁとはずんだ息を整える。
まったく、このマニュアルは誰向けなんだ。
テレビを初めて見た原始人に説明するわけじゃないのに、まったく。
「どうせ序盤はこんなくだらない事ばかりだろうから、
後半まで飛ばしてみよう」
マニュアルのページを大きくまたいで、後半の方を開く。
きっと後ろにいけば、もっと実践的な方法が書いてあるはず。
【取り扱いの注意事項】
・水をかけないでください。壊れても責任負えません。
・落とさないでください。壊れても責任負えません。
・電子レンジに入れないでください。壊れても責任負えません。
「今度は注意事項!?」
後半は後半で、取り扱いの注意をありとあらゆる方法で書かれている。
「もういい加減にしてくれ!!
いったいどうやったらテレビを治せるんだ!
こちとら、製作側の逃げ道を探してるわけじゃないんだぞ!!」
マニュアルを引き裂こうとしたその時、
裏表紙に小さく電話番号が記載されていることに気が付いた。
カスタマーサポート
0120-444-1234
「これだ!! ここに電話すれば一発だ!」
マニュアルなんて分厚いだけの本を読む必要なかった。
最初から人に聞けば、余計な回り道をしないで済んだ。
さっそく電話をかけると、ガチャリとサポートセンターにつながった。
「もしもし、議員の山田だがね。
そちらで買ったテレビがつかなくて困っているんだ」
『カスタマーサポートセンターです。
ご用件の種類によって該当の番号をプッシュしてください』
「自動音声か……」
『電源がついているのか確認する人は①を。
コンセントが挿さっているのか確認したい人は②を。
電気代が支払われているのか確認したい人は③を。
テレビを箱から出したい人は④を……』
「もういい加減にしてくれぇーー!!」
大声をあげて受話器をたたきつけた。
「もうマニュアルはうんざりだ!! なにがマニュアルだ!
相手をバカにするのもたいがいにしろ!
こちとら、何も知らない赤ちゃんじゃないんだぞ!!!」
議員の立場を使って圧力ありありの苦情でも出してやろうか。
そうでもしないとこの散々にたらい回しされた怒りは収まらない。
「どうしてやろうか、まったく」
腹立ちまぎれに冷蔵庫を開けると、氷が思いっきり解けていた。
コンセントはちゃんとささっている。
「あ! まさか……」
――ブレーカーが落ちていた。
「やれやれ、人騒がせな。
こういうこともマニュアルに書いてもらわんと困るな……。
ブレーカーが落ちてないか確認してください、と。まったく。
本当にマニュアルにはこりごりだ」
ブレーカーを戻すと、テレビの電源が付いた。
やっとニュースを見ることができる。
テレビには見覚えのある場所が映っていた。
『こちら横領が発覚した山田議員の自宅前に来ています。
山田議員は何か答えるのでしょうか!?』
私はそっとドアを開けると、
取材のカメラとマイクがドアの隙間から顔を出した。
「議員! ひとことお願いします!」
「横領の事実はあったんですか!?」
「この先の進退は考えてるんですか!」
「き、記憶にございません」
私は議員マニュアルに書かれている通りにしっかり答えた。
作品名:マニュアル人間を助けて! 作家名:かなりえずき