ブラックアウトハウス
「住んでないだろ。人入ってるの見たことないぜ」
俺の家の向かいには奇妙な家がある。
真っ黒な家だ。
壁も窓も屋根も何もかも真っ黒に塗られている。
表札まで黒く塗られているんだから、誰の家かもわからない。
「あの黒い家に入ってみろよ」
「それ犯罪だぞ」
「大丈夫、物を取ったりはしない。
肝試しと同じだ。中に入ってこれを置いてきてくれよ」
「ビデオカメラ? ってやっぱり犯罪じゃねぇか!!」
「最近、動画の再生回数が悪くって……」
「知るか!」
友達はユーチューバ―。
面白動画を投稿しては広告代で生活している。俺もそうだ。
家の向かいにあんな面白物件があるのに飛びつかないわけにもいかない。
友達が帰るとビデオカメラを持って黒い家にやってきた。
表札のくぼみを指でなぞると「影変」とかいう変な苗字。
ドアには鍵がかかっているのを期待していたが、開いていた。
ガチャ。
「うそ……」
忍ぶはずが声が出てしまった。
まさか中も真っ黒だとは思わなかった。
家の内部も真っ黒に塗られている。
どこからが壁でどこからが床なのか境界線もわからない。
奈落の底にでも落ちたみたいだ。
ビデオカメラの夜モードで撮影しても真っ黒しか映らない。
(こんな場所で人が生活できるわけないよな……)
明かりをつけたところですべて真っ黒。
生活するにも壁に頭ぶつけすぎて死んでしまいそうだ。
ビデオカメラを適当な場所にセットする。
一応、撮れているのかチェックする。
(これ壁なのか……? ぜんぜんわからないなぁ)
漆黒しか映ってない。
ライトをつけようが全部黒く塗られてるので意味もない。
(よし帰るか)
収穫はなかったが友達には自慢できるだろう。
半開きにしておいたドアから漏れる外の光を頼りにして、玄関に向かった。
バタン。
「わっ!?」
急にドアが閉じて、正真正銘の闇に包まれた。
風のせいなんかじゃない。
ドアには確かにストッパーを挟んでいた。
「だ、誰かいるのか!!」
底知れない闇に向かって声を上げる。
目が慣れることのない深淵からは何も帰ってこない。
「か、勝手に入ったことを怒ってるんだろ!?」
返事はない。
そのかわり、わずかだが人の気配を感じる。
緊張感と警戒心が極限まで高められたときに感じるかすかな気配。
――誰か、いる。
「入ったことは謝る! ここから出してくれ!」
トッ、トッ。
靴越しに床を踏む音が聞こえる。
間違いない。誰かいる。
今じゃ呼吸音すらも感じ取れる。
足音の感じから俺と背丈は近い。
(とにかく! ドアから出ないと!!)
相手も見えているとは思えない。
だけど、会って良い事にはならないだろう。
記憶と体内コンパスを頼りに玄関へと向かう。
ドンッ!
「痛っ!」
まっすぐ向かったはずなのに壁にぶつかってしまう。
何もかも黒い家では、方向感覚すらあっという間に崩壊する。
壁沿いを手探りで進んでいく。
足音はどんどん近づいてくる。
そのとき、壁にかけていた手がドアの取っ手をつかんだ。
「やった!!」
取っ手をひねり、ドアを開けると太陽の光が差し込んだ。
「おい! お前、本当に家にいったんだな!!
ビデオカメラも置いてきたんだろ!? 勇者だな!」
「ああ」
「冗談半分だったのに、お前マジすごいよ!
で、どうだった? この家の中は?」
「普通だった」
「あ、そうなの?」
「うん。行こうぜ」
「おお……。なんかお前、感じ変わった?」
「気のせいだろ」
家の外で待っていた友達は気付かない。
家の中から出てきた俺が別の人で、
本物の俺が影になっていることに。
「影変(かげかわり)」の家になんて来るんじゃなかった……。
作品名:ブラックアウトハウス 作家名:かなりえずき